4.05.2017

なぜカネが欲しいか



GTA5でロス・サントスをぶらぶらしていると自然と海辺にきて景色を眺めていることがある。海辺でぼんやりするためにGTA5を起動させることもある。

Fallout4では崩壊したボストン市街を臨むビーチにウッドデッキを作り、イスとテーブルを置き、南国風の植木鉢を置き、設備を整えて本宅とした。

定年を控えたロバート・レッドフォードが南国リゾート物件のチラシを穴が開くほど見つめ、大切にしている姿を映画で見てひどく共感した。
ランカウイ島や、石垣島や、その他、南国の植生のあるところに旅行したことをひどく恋しく思い出す時間が増えた。
マレーシアやフィリピンでウェスティンやシェラトンがリゾート開発しているコンドミニアムのサイトを眺める時間が増えた。
フィリピン等で生活上・医療上・法律上の諸問題を解決する英語力がないことを悔いる時間が増えた。
防音室にスタインウェイのアップライトを置いてへたくそなりに好きな曲を弾く姿を想像する時間が増えた。

なぜそうした時間が増えたのか、そういう想像をしなければ現実に耐えられないのか、という原因については愉快なものではないから言わないとしても、心に浮かんでくる人生の最終ステップというか望む姿の数々を眺めていると、どれもカネがあれば実現できるものだった。誰かの愛が欲しいとか朗らかな家庭を築きたいといったカネでは実現できないものではなかった。

XX年後にいずれか、あるいは複数を実現させようと考えれば、カネの話になってくる。例えばスタインウェイを買うにはどれだけのストックがいるのか、それを鳴らす防音室にはどれだけのストックあるいはフローがいるのか、という未来のストック&フローのことや、薄くなり続けている給料袋に吹けば飛ぶような残高という現在のストック&フローのこと…。
これらカネのことを一日に18時間くらい考えていて、ポートフォリオを穴が開くほど見つめたり、話しかける相手がいないからと独り言を増やしたり、ついにはインターネットに話しかけるに至っても、ただただ喉が渇くばかりで…。




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