3.21.2017

Scarlatti (Domenico) K.19ですよ


スカルラッティ K.19の譜読みというか音合わせが終わった。これで自称・持ち曲が13曲となった。過労や中年の危機で一日あたりの練習時間は減っているのに曲数が増えているため、1曲あたりの練度が希釈されてそれぞれの質は下がっている。
  1. Invention No.1
  2. Invention No.2
  3. Invention No.11
  4. Sinfonia No.4
  5. Sinfonia No.11
  6. Goldberg Air
  7. 平均律I No.1 Prelude
  8. 平均律I No.1 Fuga
  9. Goldberg 30
  10. Sinfonia No.2
  11. Sinfonia No.1
  12. Sinfonia No.3
  13. Scarlatti K.19 ←NEW!
名前だけは何となく知っているが、どの時代、どの国かは知らない人、作曲家なのか演奏家なのか音楽教師なのかもよく知らない、という認識であったスカルラッティの、そのなかでもマイナー曲となるK.19を弾くことになるとは思いもしないことであった。

核戦争で文明が崩壊して200年経った西暦2270年ごろ、放射性物質が降り注ぐボストンにて正体不明のラジオ局から流される戦前の音楽…という設定のラジオ電波に周波数を合わせていたところ耳に飛び込んできた、というのがこの曲との出会いであった。一聴すればただのバロックに聞こえもするが、よく聞けば人類文明の果て、ポスト・アポカリプスに大変マッチする未来的な曲に聞こえた。虚無を漂流するような曲調に、当初は、荒廃した世界観を演出するために作られた劇中用の音楽かと思っていたが、心に引っかかり気になって調べてみたところ実在する音楽であった。それも純然たるバロック、18世紀の音楽であった。

音楽的に特に優れているとか、メロディーやハーモニーが美しいとか、感情が高揚するなどの、一般的に「素晴らしい曲」と評価される要素がひとつも含まれていない曲であるが、奇妙な未来感というか、人間という存在の虚しさの予感というか、とてもとても静かでとてもとても冷たい湖に漬かって最期を迎えている、あるいは漬かりに行くために歩いていく中年男性の足取りというか、そのような漂流感に満ちた曲である。

ピアノ曲(本来チェンバロ曲であるがそれは無視)としての指の動作の難易度は低め。おおざっぱな印象としてはInvention程度というかバイエルに毛が生えた程度。オクターブ超を要求されないので手の大きさも不要。IMSLPで楽譜もタダ。
IMSLPにはいくつかのバージョンがアップロードされていて、私の使った楽譜*では「G」という見慣れない記号が出てきた。YouTubeでどこかの美女の演奏を見たところどうやら「G」は「左右の手の交差」を表す記号らしいと推察し、同時に2ちゃんねるで質問したところ、どこかのだれかがDはdroiteで右手、Gはgaucheで左手と教えてくれた。手の交差で左右が近くて手同士で物理的干渉をし、右手からしたら左手が邪魔で、左手からしたら右手が邪魔と感じる箇所があるものの、特に難度は上がらない。

*終盤に臨時記号の誤記がある(と思う)。「にナチュラルついてて意味不明、楽譜通りに弾いてみると明らかにおかしい」という箇所があるが、前後関係や響きから推察すると、ナチュラルはではなくにつくべき記号だろう。



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