8.29.2016

ソルフェージュのやり方


先生に教えてもらうための時間とお金と入塾拒否されない外見がないため、ソルフェージュを独学でやるほかない。しかし、基礎知識もノウハウもないから"How to learn"の部分もわからない、が、いろいろな聞きかじりを総合すると概ねこんなところだろう、と、ひねり出してみた。
  1. 声を出さずに読む。頭の中で歌う
  2. 音程・音名を無視してリズムだけ再現する
  3. 音程は付けず、音名(ドレミ)は付けて口に出す
  4. 音程を付けて音名で歌う(ドレミ♪)
  5. 音列を聞いて音程を推定する or 五線譜に書き取る
1は、これができれば苦労しないよ、という最終的且つ包括的な読譜力。読譜力が最終段階まで仕上がった人は、あらかじめチラッと楽譜に目を通せばスクリャービンだとかブラームスだとかハンマークラヴィーアを初見で弾いてしまうらしい。また、この能力が超人レベルまで仕上がった人が、指揮者である。そういったレベルまでは望まないが「楽譜が読めないから鍵盤位置をヨタヨタと解読して繰り返し繰り返し鍵盤を押さえて出てきた音で曲調をつかんでから指にしみこませる」という現在のやり方からは脱したい。楽譜は音楽が書いてあるもので、鍵盤位置を示す暗号表ではない。楽譜から直接音楽を読めるようになりたい。


2は音符の長さ、休符の長さ、リズム感を脳に植え付ける作業。「音の長さはよく見ればわかるよ…どれどれ…ええっと…これは四分音符二つ分かな…っと…はい!読めた!」という状態ではダメで「パッと見てパッと脊髄反射する」状態を目指す練習。見落とされがちだが、実は重要らしい。これをやる際は、音の高低もドレミもつけなくてよい、つけないほうがよい、とされる。例:たー、たー、うん(休符)、うん、たーたた、たーたー


3は音符を音名(ドレミ)で読むが、音程(音の高低)は絶対につけずにやりたまえ、可能ならスピードを上げてやりたまえ、と子供のためのソルフェージュ(1a)の冒頭解説に書いてあった。音符を音名で読み取る速度を高める訓練と思われる。リズムは楽譜通りに、音名(ドレミ)を高低付けずに棒読みする。高低をつけて歌おうとすると、瞬読性とは違った感覚が混じるため、あえて独立して行うべきなのだろう。やってみると、通常の読譜とは脳の作業領域が違い、独立して行うべきと書いてある意味がなんとなく分かる。


4はソルフェージュと聞いて想像する標準的なものだろう。23で独立して練習した下書きに音程という色を塗る感じだろうか?そもそも、ソルフェージュはなぜ音符にドレミと名付けてその名前を口に出して練習すべきなのか、という疑問があるが、脳の言語野と結びつけることで総合理解が深まる、という理屈なのだろうか?リンゴという言葉を認知した瞬間に味と香りと歯ざわりと色と形の統合されたイメージがパッと頭に浮かぶが、それと同じ現象を起こさせるためだろうか?


5は聴音。独学だとやりにくいところ。ソルフェージュ教室だと先生が音列を弾いて、それを生徒が書き取ったり歌ったりする。先生の代役として電子ピアノの録音機能を利用する。ソルフェージュ練が軌道に乗り長期本格運用できる状態になれば大量に音列をストック、ランダム再生できるスマホやiPodが便利かもしれない。五線譜はエクセルで自作するなり、ネットに転がっている五線譜PDFを印刷。会社のプリンタをこっそり使えばタダで調達でk(略)、というか、コソコソするより買ったほうが安いかもしれぬが…。


5項目以外にも、ピアノであれば鍵盤の位置、ギターであればフレットの位置、フルートであれば手の形などの脳内イメージと、音符との脳内リンクを強化するとより効果的だろう。歌を歌う人が顔の前に手を持ってきて何やら音程に合わせて動かしているのを見るが、音とリンクされた手のイメージがあるとそのように手を動かすことが演奏に有効である、という説がある。手の形、言語、視覚イメージ(その他利用可能なものはなんでも)等、いろいろな要素を強引にでも脳内で結び付けると有効と思われる。
また、和声(和音)を並行してやるとよりよい、と書いてあるのでそれも細々とやるべきだろう(が、和声はまだ難易度が高い…)


他に足りていない項目はたくさんあるだろうが、上記の項目だけでもボリュームとしては過剰と言えるほど。4小節とか8小節の単純に見える音列でも上記項目をみっちりやったら脳が疲れて霧がかかったようになって大変である。みっちりやったなら、最も初歩的な本の、序盤の半ページでさえ脳がグロッキーになるので、一日に半ページずつ頑張って1冊通すのに何年もかけるより、適時手を抜いてさっさと1周回して全体像を把握し、長期トレーニングの見通しを得るほうがよさそう。
日々ソルフェージュ本を開くまでに、ちょっとかったるいというか、作業感があるというか、気が重いというような、ネガティブな感覚もあるが、未知の領域を開拓していくやりがいのような面白さというか、手付かずの広大な原野に、自分が歩いたところに少しずつ獣道ができるのではという期待感というか、そういうやりがいはある。
なんであれ、いい年こいてからのソルフェージュは気が遠くなるような反復を要するだろう。






にほんブログ村 クラシックブログ ピアノ初心者へ

0 件のコメント:

コメントを投稿