8.12.2016

いかにして拝金主義へ至ったか

自称・ポルシェ貯金を開始してから半年以上経ち、もう少しで1年となろうとしています。ポルシェゆえに多額なものとなるので、ちょっと節約をすればよいというものではありません。人生を削るような、シビアなケチ生活となりました。
カネにシビアになって現在の出費、予想される出費、予想される収入、物欲出費に対する満足感リターンなどを算出をしているうちに、ポルシェというよりも、余命全体の生活について考えることが多くなりました。どこで、だれと、どういう住宅で、どんな生活スタイルで余生を過ごしたいのか?というような…。
そう思ったとき、実現性を無視してパッと頭に浮かんだのは…
  1. 石垣島の、市街から外れたところ
  2. ひとりで
  3. 広めの土地に戸建て
  4. 無職で質素な生活
  5. 朝と晩にピアノを弾く
  6. できれば防音室で本物のピアノ
  7. クルマは最安のアルトバン、自転車は5万円のMTB
ということでした。同時に、「東京で美人妻とタワマンに住んで、ゴールドマン・サックスで働き、ワインと牛肉とオーガニック野菜をたしなみ、週末は観劇かテニスをし、AUDIのSUVに乗り、バーベキューをしたことをFacebookで友達に報告する」という生活には興味がないことを知りました。
実現性を無視して思い浮かべたものに、ポルシェがありませんでした。ポルシェは本質ではなかったのでした。「風光明美なところ(石垣島に限らず)で静かにピアノを弾いて過ごしたい(今の生活から逃げ出したい)」ということが私の本心だったと気づきました。
「ポルシェほしい」と言いました。しかしそれは「風光明美なところでひっそりと暮らしたい」という経済的に不可能なことへの、代替・隠蔽・言い換え・逃避として「ポルシェほしい」と言ったのでした。無能の安月給で経済的に不可能だ、という厳しい現実からの逃避手段としての、覚醒剤やヘロインの亜種としての、合法のポルシェでした。派手にポルシェを掲げて不都合な現実を隠す。自分自身へのめくらましでした。ポルシェは高額ですが、車種、オプション、年式次第で、実現不可能なほどに高額ではありません。現に、今すぐにでも、武富士の担当者に土下座をするなどの無理をすればポルシェを買えると思います。しかし、ALTOに乗り換えました。ポルシェは心の底から望んでいたものではなかったのでした。

また「ひとりで」とも思いました。他者との関係がうまく築けないから、ということでしょうが、干渉されたくない(自分も他者に干渉したくない)ということなのだと思います。もう少し強い言葉を使えば支配されたくない、と言えそうです。自分も他者を支配したくありません。有形無形の、自覚or無自覚の支配行為をしたくありません。特に、無形で無自覚な支配はいやです。
なぜ他者と関係がうまく築けないのか。干渉や支配を嫌悪するのか。これはもう少し深堀りしていくと、自分の育成環境、親との関係、あるいは親が祖父母世代にどう育てられたか、アダルト・チルドレン等のネッチョリした場所に到達するでしょう。それらは、人格形成に不可逆的な影響を与えていて、深堀りして究明できたとしてもプラスには作用しないと思います。「ひとりでひっそりとくらしたい」と願うくらいには歪んだ人格形成がされた、確かに歪んではいるが、刑務所や精神病院にぶち込まれるほどには歪んでいないからセーフ、と認識するくらいにとどめておくべきでしょう。深堀りをし「真人間」に「矯正」すべく「努力」すると、かえって刑務所や精神病院に近づくでしょう。角を矯めると牛を殺します。

ポルシェは"代替・隠蔽・言い換え・逃避"だったこと、そして本願としての「ひっそりとした暮らし」を考えた時、従来のお金の使い方、生活スタイル、消費パターン、貯蓄パターンを計算していくと、悲観的な数字となりました。節約をして貯蓄性向を高める程度ではポルシェには届いても「ひっそりとした暮らし」には無意味です。無意味な節約を続けるとストレスなだけです。ストレスをためた上にカネが足りずひっそりと暮らせないならば、"代替・隠蔽・言い換え・逃避"としてさっさとポルシェを買って夜な夜な首都高を走って憂さを晴らしたほうがましに思えます。
余生は有限で、今後の給料袋をもらう回数は無限ではありません。限られた余生で限られた給料から限られた貯金をするだけではターゲットに届きません。そのような経緯から金融の力を借りたいと思うようになったのでした。金融の力がうまく働けば実現可能性が出てきます。質素な生活をひとり分ですからハードルも下がります。しかし、金融は失敗するものです。いや、きっと失敗するでしょう。それでもチャレンジをした結果ですから、それはそれでいいのです。買った銘柄がすべて倒産・デフォルトしてもゼロになるだけで、借金を抱えるわけではありません。失敗して万策尽きて本願達成が不可能となったとき、次善策として、ポルシェ貯金を再開すればよいのです。このようにして金融脳となったのでした…。




この世はカネがすべてです。





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6 件のコメント:

  1. たまごあたま2016年8月14日 11:17

    んーやっぱり、健康が一番かなぁ…

    「これから何十年も生きていられる」
    きっと、そんな確信があるんですね!

    一人よりも二人で生活するほうが楽ですよー
    固定費を共同でまかなえるのは、すごく有利。

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    1. 健康第一ですね。病気だとQoLが超下がっちゃいます。

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  2. おはようございます
    たぶん、ですが・・・首都圏生活に慣れてると、田舎生活は無理ですw
    私は田舎生活に慣れすぎてたので・・・都心生活は無理でしたww

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    1. 風光明媚なところに移り住んだ人は1年たたずに撤退するっていいますね…。
      私は、スーパーや医者が遠いことは許容範囲と思ってますが、田舎の濃密な人間関係や村八分には耐えられないと思います…。
      「家に鍵をかけるなんてとんでもない、地域の人間を泥棒扱いするつもりか、常に鍵はあけて地域のもんに自由に出入りさせるのが常識だ」とか消防団に加入させられて毎日訓練という名の酒盛りとか無理ですぅ…。


      都会生活が無理ってのもちょっと想像のつかないことですが(笑)

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  3. さいたま民2017年2月19日 12:11

    私も労働から解放されて南国で心穏やかに過ごしたいという願望があります。現在の収入では夢のまた夢ですが...。アーリーリタイアした人の体験談を読むと、「ハワイなどに移住してもワクワクするのは最初だけで、一ヵ月もすると人から感謝されること(仕事)がしたくなってくる。ご飯を食べて寝るだけの生活だと死を待つだけの養豚場の豚のような気持ちになり自己嫌悪に陥る」そうですが。というわけで、ストレスを感じない仕事を選ぶのが一番みたいです。まぁ、私はそれでも労働から解放されたい、仕事を選べる立場に立ちたいという願望はつきませんが。趣味やボランティアで自己肯定感を持つこともできると思いますし。

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    1. 南国ビーチに引っ越しても3ヵ月で飽きて海を見ることもなくなったし、波の音が「騒音」になったって話も…。
      養豚所の豚のような気持は資力がないと味わえないですし、資力のある人の自虐ネタというか愛妻家が結婚生活を愚痴っているのと似ている気もしますが…。

      私はリタイヤしたらマクドナルドでバーガー焼きたいです…。

      (亀レスで失礼ぶっこきました…)

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