2.18.2016

楽譜の解説にどこまで従うべきか


2015-08-12 東尋坊
パラパラと市田儀一郎先生のインベンションとシンフォニア巻末の解説を読んでいたところ、Sinfonia No.11で、コーダ部分(終盤にメインテーマを改めて弾く、「だいじなことなので2回いいました」というやつ)は「充分なひびきで高らかに歌われるとよい」と書いてあった。運指などは基本的に従うべきだと思っているのだけれども、「高らかに」みたいな感情的な部分まで指定されていて、それに同意できればいいのだけれども、全く考え方が違う場合はどうすべきか、と。独学なので好きなようにやればよい、というのが私の基本的な結論なのだけれども、例えばバロックにはバロックの規律というものがあったはずなので、市田先生ほどの人間ともなると単に個人的な印象を書いているのではなくて様々な資料を研究し、総合したうえで「高らかに歌われるとよい」と書いているのだから、自分の感情を優先させるよりもまずは先生のセオリーに従うべき、とも思わないではないわけではないわけではない。


しかしながら、特にSinfonia No.11(←Glen Gould大先生)は副題に「東尋坊」とでもつけたくなるような曲で「高らかに歌われる」ではなかろう…と…いや…高らかどころかどう考えても「ぐったりした足取りでヨタヨタと東尋坊へ向かう中年男性(独身)の歩み」であろう…と…疑問に思った次第である…。

つらい…。





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