10.31.2015

酒を飲んだ


Jack Daniel's
5年ほど禁煙・断酒をしてきてその間に人生に紆余曲折・変化があって、現在は自称ミッドライフ・クライシスである。

ミッドライフ・クライシスの苦痛に対応すべく、幸福度を上げること、QoLを上げることを目的に、飲酒を少し取り入れてみるか、と思いつつ、アルコールは日本文化の中では大変寛容に受け入れられているし、合法だけれども薬効・依存の強度はコカインクラスのハード・ドラッグと言えるし、私もアルコールの依存性には痛い思いもしているからイケメン危うきに近寄らずとも言うし、いや、虎の穴に入らなければ虎の子をかっぱらうことはできぬとも言うし、どうしようか、とさんざん悩んでいた。が、一応、ルールを定めて「たしなむ程度」にとどめることができるのならそれはそれでよいのではないか、幸福度が上がるのではないか、と思い、お試しとして50mlのミニチュアボトルを飲んでみることにした。

結論としては、やはり断酒を続けていくことにした。

  1. 昔はおいしいと感じたし再び慣れれば考えも変わるだろうが、味がまずい。接着剤をなめているよう。
  2. 再び慣れれば考えも変わるだろうが、アルコールの薬効が思ったより気持ち悪い。
  3. 1杯飲んだら2杯飲みたくなるし、2杯飲んだら3杯飲むべきだし、3杯飲んだら4杯までいかなければ嘘だ、4杯飲んだら5杯飲まなければ生きている意味がない、と際限がない、あのアルコール特有の感覚、お酒が好きだから飲んでるんだ、もっと飲みたい、とアルコールに自我が乗っ取られる感覚が戻ってきた。「たしなむ程度」では済まない。
  4. 酔って弛緩すれば生活にリズムとリラックスが生まれると思ったが、酔うこととリラックスは別。むしろ、酔いは邪魔。
  5. 夜のリラックスタイムにはデカフェのコーヒーのほうがよさそう。Nespressoが欲しい…

など。
ざっとした印象としては、カネと時間を使ってアルコールを摂取するのは論外という感じ。カネと時間をもらえれば、例えば、ウイスキー100mlにつき1万円、24時間があなたに加算されます、と言われれば検討する、という感覚。100mlごとに300円とか500円をチャリンと払って時間を失うなどは愚の骨頂。
再び飲酒に慣れれば印象も変わるだろうが、慣れていく価値は感じない。
愚劣三兄弟として、酒、たばこ、ギャンブルと並んで呼ばれるが、なるほどその通りだな、と。



というわけで、唐突ながらスキャナー・ダークリーがオヌヌメ。ドラッグにおぼれた者たちへの挽歌。最後にしみじみとした寂寥が訪れる佳作。






10.30.2015

新型出る

3代目Mini Convertible(F57)が公式サイトに現れて、東京モーターショーでも実車が展示されるようになった。3代目は外見が好みでなかったのだが、見慣れていくうちにこれはこれで新しいデザインの流れを感じていいものだな、と思うようになった。若干寸法が大きくなったから安全性も高まっただろうし、車は新しいほうがよい。

Mini Convertible
車は新しいほうがよい。それは間違いないことなのだが、じゃあ売り出されたら―2016年中頃?―乗り換えるか、というとそうでもない。カネの問題―このくらいは欲しいというオプションをつければ乗り出し450万円コース―もあるが、2代目のほうが好みであるからで。3代目はセンターの丸いメーターにナビ画面というかインフォメーションパネルというか、液晶画面が標準である。これが気に入らない。液晶画面の青白い光は嫌いである。
Mini Convertible
初代、2代目はセンターにでかいスピードメーターがどでんと鎮座しておりそれが夜になるとオレンジにピカピカ光って美しい。そのオレンジの美しさに惹かれている。
またリアシートの頭もたれの後ろにメッキされたアーチ状のロールオーバーバーは、3代目では廃止される様子(普段は隠れている柱が横転時にニョキっと飛び出してくるものと思われる。これらの装置がないと頭がアスファルトですり下ろされて即死する。装置があっても助かるとは思えないが頭の半分は残るだろう)。アーチ状のロールオーバーバーがあるから風情があるのに、とも思う。

Mini Convertible
最新の電子装備やおせっかい装備がなくても困らないし、GOLF7時代よりも乗っていて楽しいし、このさきしばらくは今の中古車に乗り続けたいな、と思っている。ただ、運転するには楽しいが、乗り心地がサルーンじゃないから助手席に座りたいとは微塵も思わない。従って突然松下奈緒ちゃんとドライブデートすることになったら困るだろうな、とは思わないこともないが、そうした懸念は杞憂に過ぎない可能性がある。
楽しいからと車旅行が増えているが、例えば地方の空いている道では法定速度を厳守しているわけではないから、スピード違反で捕まる気がしている。こちらは杞憂でない。


10.28.2015

半分まできた

Sinfonia
Sinfonia No.11の練習を初めて2週ほどであろうか、おおよそ半分まで進んだ。進んだといっても、完全未踏状態からヨタヨタと曲調をたどれる状態になっただけであるのだが…。

ただ、この2週で半分というのは私にとっては驚異的なペースである。2声のInventionでも1曲通すのに数か月かかるというのに、初の3声であるのに、1月で最後まで行くペースである(仕上がるとは言っていない。あくまでもヨタヨタと指が音符をたどれるレベル。そもそも、これまで仕上がった曲なんてひとつもない)

No.11は見開き2ページでちょうど1曲で、その左側のページも中盤くらいまでは慣れと暗譜もあり比較的引っかかりも少なく、弾いていても余裕が出てきている。左ページの中盤から後半にかけての下降していく雰囲気などは、矢が尽きていく感じというか、人生の残量が減っていく感じというか、見知った人々と疎遠になっていく感じというか、無職転落・木賃アパートも追い出されて路上をとぼとぼと歩く感じというか、老いらくの情欲の満たされなさというか、これからさきに暴れん坊将軍の新作が作られることのない寂寥というか、ミニマムでありながら豊富な詩的イメージが湧き出しており、大変味わい深い。さすがBach大先生であるな、と。




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10.27.2015

中年散歩

池袋
先日、池袋にピアノを弾きに行った。貸ピアノ店のほかに、昼食をとったり、コーヒーを飲んだり、風呂にはいったり、書店で買い物をするなど、池袋を歩いた。池袋には大学や専門学校、予備校があり、またサンシャイン通りもあり若い人が多い。20年ほど前になるが、浪人したとき、私も池袋の予備校に通っていた。

それから20年たって、若い人を眺めながら、かつて通った街を歩けば、自分がずいぶん年を取ってしまったこと異質になってしまったことを嘆かずにはおれない。そう思うのは自分がまだ若い人の範疇に入っている、という思い違いから発しているのだとも改めて、というか、机上でなく実地で気づいた。若年じゃなくて中年になったのだな、と。

「現役で司法試験に合格して法曹入り、港区のタワーマンションで夜景を眺めながらワインパーティ」というようなこの世の栄華を極めた春の夜の夢のイメージにはもちろん「貧しくともささやかな家庭」という現実的に思えたイメージにも手が届かなかった、今後も手は届かないだろう、と敗残感を募らせる一方で、満足のいくタイムでアイアンマンディスタンスを走ったことを思えば何もない空虚な人生だったとも言えない。

若い人の街ではそのような居たたまれなさ、布団と会社の往復という社会に接続されているのか隔離されているのかわからない広いようで狭い日々、現在が劣化コピーされ未来という名前で明日がやってくる確信、カネはあっても時間がない、あるいは時間を楽しむだけの十分なカネはない状況、進むべき道のなさ、あるいは進むべき道の果てに見えるだろう荒涼たる光景、それらを並列していくと、ミッドライフ・クライシスであるな、と思うのだった。



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10.26.2015

FFWD F5Rを売った

FFWD F5R
円高で個人輸入が安く見えた頃、予備と称してFFWDのF5Rを買った。それが未使用のまま、というか、チューブラー伸ばし専用機というような大変贅沢な使われ方をしたまま体調を崩し、数年が経ち現在に至り、この先しばらくこの予備ホイールが使われるような状況が想像できないことから、市場価値が皆無になるまえに売ることに決め、その決心をした日に売りに行った。

棚には新品のチューブラータイヤが4本転がっており、それも合わせて売った。二束三文よりはもう少しよい値段で引き取ってもらえた。
新品チューブラーはLangkawi(2014)で使う予定のものだった。


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10.25.2015

グランドピアノを弾きましたよ!

池袋
一度ホンモノのピアノを弾いてみたいぞ、と思いながらも重い腰が上がらず長い月日が過ぎてきたが、ようやくホンモノのピアノをいじる機会を得た。それだけピアノ熱が戻ってきたということであろう。この熱が長続きするのかしないのかはわからないが、熱が入るということは、それ自体がいいことである。
池袋
貸ピアノ店で貸ピアノを弾くべく、県民の保養地、池袋へ。久しぶりの池袋である。池袋には学生風の若い人を中心にうじゃうじゃと人がいるが、例外なく全員が埼玉県民である。
出会いカフェだの、お見合いパブだのいかにも池袋風の街並みを歩いてしばらくすると貸ピアノ店である。

2015-10-24
ピアノ室。料金の高めのグランドピアノである。グランドの中では比較的安価なカワイである。
ホンモノのピアノを弾く理由はいくつかある。
  1. ホンモノだから。電子ピアノは代用品にすぎない
  2. 電子ピアノはしょせんはニセモノだから鍵盤タッチが全然違う。ニセモノに慣れると取り返しがつかない
  3. 電子ピアノはしょせんはニセモノだから音が全然違う(以下略)
  4. 私の電子ピアノは最廉価でニセモノ中のニセモノ
等々、ホンモノのピアノに触れるまではホンモノを絶対視していて、実際弾いてみると確かに電子ピアノとは全然違うものだとわかったのだが、果たしてこのホンモノのピアノと私の関係で言うと、いったいホンモノは何のために存在するのか、と疑問もわいたのだった。
実際にホンモノに触ってみて思ったことは
  1. 音がでかい。天井のでかい吊スピーカーがONになっているのじゃないか、と思うほど。ホンモノのピアノはタッチが重くて電子ピアノだと筋力が育たないよ、というが、むしろ軽く弾いても音がでかい。ズンズン響いて太鼓みたい。
  2. フォルテッシモで弾けば耳が痛くなりそう。体感的には最弱で弾いてもフォルテに聞こえる。
  3. 軽く弾いてもでかい音が出ると、エネルギー保存の法則を疑いたくなる。
  4. 狭い貸ピアノ部屋で鳴らすような楽器ではない。コンサートホールで鳴らす楽器である。
  5. シリアス勢は、自宅などの狭い空間ではこんなうるさくて扱いづらい楽器をどうやって扱っているのだろう?消音器?
  6. シリアス勢はピアノから出ているばかでかい音を、ホールに座っている人が聞こえているだろう音に脳内変換して演奏しているのか、これはすごいことだな
  7. とにかく音がでかい

その他、鍵盤がプラスチックじゃなくて木材にマット塗装なのね、ペダル踏むと微妙に弦が鳴るのね、等。
と、実際にホンモノのピアノに触れてみて思ったのは、コンサートホールが最終的なアウトプットである場合はホンモノが絶対であるが、最終的なアウトプットがコンサートホールでない場合は必ずしもホンモノのピアノが良いわけではなさそうだ、ということであった。
私の場合、最終的なアウトプット先として、コンサートホールは選択肢にないので当面はホンモノのピアノは気分転換という位置づけになりそうである。



「それは由々しきことですぞ…そもそも業者間の談合は汚職の温床となるゆえ、上様が法令をもって厳禁なされたのですぞ」「人間のあくなき欲望のまえには、法令もあってなきがごとくか…」―――暴れん坊将軍―――


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10.22.2015

Sinfoniaへ

Sinfonia No.11
完全に忘れるのを防ぐだけ、1日に数分だけ、細々と続けてきたピアノ趣味がこのところですこし持ち直して新しい曲に取り組むまでになった。新しい曲はSinfoniaの11番である。これまでやっていたInventionは2声だが、Sinfoniaは3声。1声増えると難易度が跳ね上がる。先人が言うには、2声から3声に増えるほうが、3声から4声に増えることよりも大変であるかも知れぬ、とのことである。
これまでに、Inventionは1番、2番、11番の3曲しかやっていない―昔に3番と4番もやったが、忘れた―が、3声に取り組みだしたのは、Inventionだけを続けていても変化の乏しさというか新味のなさに遅々として進まず15曲全部をこなすのに200年くらいかかるだろうし、先人が言うには、Inventionだけが人生である場合を除いて、さっさと3声や平均律、あるいはロマン派に移行したほうが楽しかろ、楽しい方が続くだろ、ということであるからであった。

Bach
これまでは、基礎から、セオリー通りに、というマジメな思考からInventionやら和声やら聴音やらリトル・ピシュナに時間を割いてきたのだが、それらはつまらない。つまらないからイヤになってピアノに向かう時間が減る、ということが経験的に分かってきた。ピアノに向かう時間が減るというのはいけないことであるし、下手であろうがセオリーに外れていようがピアノに向かう時間が増えることはよいことである。従って、つまらない基礎にやる気を削がれてピアノから離れるよりも、いろいろなものに手を出してみて楽しいものからやっていくほうがよい、ショートケーキのイチゴが好きだからと言って大事に取っておいて床に落として泣くよりも、最初にイチゴから食べちゃったほうがいい、という説に従ったほうがピアノに費やす時間が増えるだろう、とここにきて宗旨替えをした。
そこで、いくつか楽譜を買った。ノクターンと、I Loves You, Porgyと、マーラーのアダージェット(ピアノ編曲)。買ってはみたものの、どれも難易度が高い―ノクターンはバッハとは楽器の鳴らし方が違い初めての楽器を触る感覚で難しい、I Loves You, Porgyは一見楽譜は易しく見えるのだが、弾いてみると曲にならない、音楽にならない、成立しない、という原因不明の不可能さ、アダージェットも一見簡単なのに…という難しさ―のと、なぜかSinfoniaの11番が楽しくなってきたので、今はSinfoniaの11番をメインでやっている。

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10.18.2015

漂流中年男性の休日ドライブ日誌

Mini Convertible
オーバートレーニングの後遺症なのか過労なのか精神病なのか独身男性のストレスなのか、原因はともかくとして、結果としてずっと体調が思わしくなくて、一時期は過労死は避けられないな、年を越せないな、来年は迎えられないな、という状況であったが、そうした状況もいくらか緩和してきて精神的にもゆとりが出てきたこの頃である。
時間的にも多少のゆとりが出てきたこと、Mini Convertibleが雨漏り修理から戻ってきたこと、晴れていたことから、屋根をあけて出かけた。宇都宮まで行き、ギョーザを食べ、宇都宮美術館の庭でKindleでも読み、温泉銭湯につかってくるか、と思い、国道4号線バイパスを北上してみることにした。高速道路を使わなかったのはカネをケチる目的もあるが、国道4号線バイパスを走ってみたかったことから。「4号バイパスはスムーズに走れる」という記憶があるし、Google Mapsで表示される宇都宮の到着時間は想像以上に早いので。

オープンカー
4号線は春日部を過ぎたあたりから準・高速道路状態になって確かに平均時速は高いのだが、トラックとダンプの比率が高く、ディーゼルガス臭がMaxで、オープン状態では気分が悪くなる空気であった。また、風景も特になく殺風景である。ディーゼルが臭いし喉が痛いから屋根を閉めるか、とか、コーヒーを買うか、と思ってもコンビニがないような風景が続く。片側3車線の国道なのにコンビニもないような空白地帯が延々と続くのだが、一説によると、準・高速道路状態で平均車速が高く、商店を設置してもクルマが止まらない、止まれない、儲からない、出店できない、ということである。

国道4号バイパス
たまにあるコンビニでコーヒー休憩。4号を使えば宇都宮は近かった。ただし、ディーゼルガスが臭くて肺がんになるので、屋根は閉めるべきである。また、このクルマは運転席だけが楽しくて、助手席は不快だろうな、と。乗り心地はサルーンじゃなくて不快だし、ディーゼルガスで頭痛がするし、すぐ横っちょをダンプが通って怖いしうるさいし。
4号バイパスで宇都宮には簡単に着いてしまった。ディーゼルガスのせいでドライブ欲が全然満たされず、もう少し走っていたかったからギョーザ&読書の予定を心のなかでキャンセルし、引き続き4号線足を伸ばして気の向く方へ。


出光
道路の青看板に那須塩原という字が見えたから、そちらへ向かった。出発時は、宇都宮往復できるくらいのガソリン残量だったが、那須の方まで来てしまうと燃料が足らないし、ガソリンスタンドが激減する雰囲気やらスタンドがあってもハイオクがない、という懸念もあったのでまだ残量に余裕があるうちに出光へ。私(イケメン)は出光のキャッシュプリカ会員である。出光に思い入れはないが、プリペイドカードを作ってしまうとなかなか便利に使えるので出光に行くことが多い。出光看板もおばさんが髪をたなびかせているような目につきやすいデザインでよい。

Mini Convertible
那須塩原方面へずずいと進み、地図を眺めれば「奥塩原」なる秘境を予感させる名前の温泉があったからそちらの方へ。地理的には日光の北、福島の南という感じで進むほどに標高も上がり、木々が紅葉してくるなど。こういう道になるとダンプがいなくなりオープンが心地よい。

奥塩原 新湯温泉
紅葉している山道をずずいと進んでいくと奥塩原の温泉街というか集落に出る。急な傾斜地にある。公衆浴場とか日帰り温泉があり、500円の日帰り温泉に(公衆浴場は300円)。硫黄臭で白濁という温泉らしい温泉で大変よい。源泉100%かけ流しである。火山から噴きでたお湯に入る、という本来の風情がある。
モノホンの温泉とボーリング温泉の区別もつかないバカどもから木戸銭をむしりとってカネ儲けしてやれ、という一発屋の循環濾過ボーリング温泉とはわけが違う。

奥塩原は初めて行った気がするが、とてもよいところであった。公衆浴場目的で再訪したい。

Mini Convertible MT 燃費
帰りは高速道路。チンタラと燃費走行をしたら往路の一般道の数字(19km/Lほど)から伸びて21km/Lに届きかけた。高速道路だけをチンタラ走行をすると22km/Lとか23km/Lまで行くかもしれない。


10.12.2015

四国へいってまいりましたよ!

成田空港第三ターミナルへ
四国へ行った。成田に第三ターミナルができた。ジェットスターなので飛行機代は安い。往復で1万円しなかったため、相対的に成田までの電車賃が高く感じられる。新設された第三ターミナルまでは、かなり歩かされる。
マツダ・フレア(ワゴンR)
高松からはレンタカー移動。借りたのはマツダ・フレア。ワゴンRのOEM。「最近の軽はすごい、立派」という意識で借りたら、期待したよりもずっと低質なクルマだった。燃費は28km/L程度と、よかったが、それ以外の部分は褒めるところが少ない。安いんだから多少のことには文句を言うな、と言えればいいのだが、最近のワゴンRは昔のイメージの100万円ちょっとじゃなくて、200万円弱で割高と思う。しかし、低質感を無視すれば人も乗せられるし、荷物も載るし、燃費もいいし、高速道路も走れるし、狭い道でもいけるし、洗車したいとは微塵も思わなくて楽だし、多少傷ついても気にならないし、扱いやすいし、オールマイティに使えるクルマではある。
高松
高松。本州とはすこし雰囲気が違って、どこかひなびている。
こんぴらさん参道
香川はうどん店が多い。関東で言うところの、ファミレス、牛丼店くらいの頻度でうどん店がある。
うどんは3回くらい食べたが、行った店が悪かったのか、何の変哲もないただのうどんだった。関東で食べる丸亀製麺との違いは全くわからなかった。
こんぴらさん参道
金刀比羅宮へ。こんぴらさんと呼ばれるが、ことひらぐう、とも読むらしい。海運に強みを持つ神社。海運最大手神社かもしれない。海軍とか、船運輸とか、チャラチャラしたヨット野郎orクルーザー野郎とか、金髪ロン毛のサーファーとか、そういう人達がお参りに来る様子。
こんぴらさん
かなりの階段を上ることになる。特別に清浄な雰囲気などはなく、全体的に陽気な雰囲気。
こんぴらさん



















崇徳
崇徳陵に行くなどした。香川に流されて没した。当時の流刑は現代で言うところの無期懲役に近いだろうか。もっとも、流刑といってもゆるいのから実質死刑までグラデーションがあって、罪人の身分によって扱いは変わるのだろうけれども。一番厳しいのは離島にポイ捨てとか足立区に丸腰でポイ捨てみたいな実質死刑で、比較的ゆるいのは崇徳院のように一定の管理下に置かれることだろう。
屋島
屋島に行くなどした。安徳天皇を抱いて屋島に敗走した平家を、源義経が追討にやってきて戦ったのが画像住宅地の付近。那須与一が扇を打ちぬいたのもここ。平家物語は源氏の正史なので相当に話を盛って、且つ、平家を諸悪の根源みたいに悪く言っているが、それでも源氏に理があると思えないのは、なぜだろうか。勝てば官軍、勝ったものが全て、過程や方法なぞ、どうでもよいのだ、という現代に通じるメンタリティにうんざりしているのだろうか。1000年たっても、極東アジアでは「30万人の少女が強制連行され暴虐の限りを尽くされ虐殺された」「強制連行はなかった」「30万人が三光作戦で大虐殺された」「多少の事件はあったが大虐殺ではなかった」などの正史編纂合戦が盛んでありうんざりする。そして、さらに1000年後、地球はホカホカに温まって干上がって滅んでいるだろう。地中深くにバクテリアが僅かに残るかもしれないが…。



瀬戸内海
瀬戸内海。風光明媚である。海直近に山。火山灰が溜まってできた平地地形ではなく、ニョキッと海から山が生えてきた地形である。

屋島ロイヤルホテル
一日目の宿からは、国道と駐車場とカラオケ店とスーパーマーケットが見えた。ちょうど、ホテルの建っているあたりが1000年前は浅瀬で、屋島と四国を隔てていた。「まさか浅瀬からは攻めてこないだろう」という通念の裏をついて、義経はここから奇襲をかけた。





2015-10-07
四国の山。山の傾斜が急である。急なので里山も少なく、人を寄せ付けない感じがある。木々がやや、色づいていた。


剣神社
剣神社。四国中央部にある険しそうな山。とても寒かった。気温は10度なかっただろう。


マツダ・フレア
香川から徳島を経由して高知へ行ったが、あえて高速道路は使わなかった。すると四国がどういう地形なのか、集落の分布密度はどのくらいなのか、などがよく観察できてよい。時間はとんでもなくかかってしまうのだが…。
関東民の感覚としては、都市部を離れると途端に田舎度が上がり、都市部から30分もすればほとんど秘境の域になる。都市部と秘境の近さとその中間を省略した感じが目新しかった。秘境に入ると軽自動車率というか軽貨物率がグンと上がり、外車はほぼゼロになった。道が狭いから軽が便利ということもあるが山奥にある拓けた村でも外車を全く見ないというのはカネがないとか、目立つと村八分にされるということよりも単に「ハイオクが手に入らない」というのが大きそうである。


438
キリストは唯一神。
太平洋
海はよい。
太平洋
室戸岬には行ったが、桂浜には行かなかった。



旅館の自販機
アルコールに頼りたいと思うことが多くなった。人生に疲れているらしいが、ポジティブシンキングを旨とする世なので、人生に疲れたなどとは口が裂けても言えない。楽しい…。うれしい…。幸せだ…。明るく元気…。いつでも笑顔で…。
国民宿舎土佐
国民宿舎土佐に泊まった。景色がよかった。高知市から室戸岬まで一望できた。露天風呂も同様の景色だった。

国民宿舎土佐 日の出
夜明け。土佐から見る室戸の方から太陽が昇った。幕末を思えば、熱いものがあるが、それもまた近代日本政府による「正史」であり、一方で「夜明け前(無料ですよ!)」で半蔵の見た明治の世のこと、また、正史によって省かれてきたもの、削除されてきたもの、抹消されてきたもの、そして生存者バイアスの陰に消え去ったものを思えば、現在、目に見えて確かと思っているものも風の前の塵に同じである。


2015-10-08

Nokton Classic
NOKTON Classicを真っ昼間に使うのもまた一興である、というか、昼間のほうがよい。マクロヘリコイド付きアダプタを買ったので、EOS Mにライカマウントレンズを使う際の、寄れない弱点が解消した。


鳴門
四国旅行最後は、足摺岬か大塚国際美術館迷って、後者へ。足摺岬は四国西南端。大塚国際美術館は四国北東端。まるで別方向である。

大塚国際美術館
モナ・リザ。
大塚国際美術館 最後の晩餐
最後の晩餐。
大塚国際美術館 システィーナ礼拝堂
システィーナ礼拝堂。
大塚国際美術館
大塚製薬グループというか、創業家の私財を投じた?美術館。全て複製である。キャンバスに絵の具ではなく、絵をつけた陶器なので大変安定していて半永久的に劣化しないらしい。ラインナップは古代から現代までの西洋美術。

大塚国際美術館
すべて原寸大である。ダヴィドの戴冠式がこれほど大きな絵だとは知らなかったし「戴冠式」を「たいかんしき」と読むとも知らなかったし「さいかんしき」と読んでいて、多分、何度か現実世界でそう発音したこともあると思うので、穴があったら入りたい…。


二泊三日でワゴンRで1000km弱走った。自動車移動に疲れた。もう少しゆっくりした日程にしたほうがよいが、四国の地形を体感するにはそのような走り方をせねばならぬ、とも思う。疲れはしたが、一般道をひたすら走るのもまたよいものであった(土佐から大塚国際美術館へは高速道路を使った)

私の完全未踏県のうち、香川、徳島、高知の3県に足を踏み入れた。残る未踏県は和歌山だけとなった。