9.25.2015

甲府へいってまいりましたよ!

高麗神社
過労死まっしぐら生活にほとほと疲れて、温泉に入ってゆっくりしたい、ということで、温泉に入りに行くことにした。温泉と言っても、さいたまのあちこちにあるような、法律上の分類は温泉ですというような、温泉が湧いたから風呂を作ったのではなく一山当てるために1000mも2000mも掘って汲み上げて温泉とボーリング温泉の区別の付かない連中を集めて風呂に沈めてカネをむしりとるボーリング温泉ではなく、ある程度の風情のある温泉でなければならぬ。ごちゃごちゃした市街地にあってジャスコの改修工事のユンボの音が聞こえるような、あるいは、がやがやとうるさい道路からトラックの音が聞こえてきてそこはかとなくディーゼル排気臭がするような温泉であってはならぬ。また、生活圏から物理的に離れて旅情も味わわねばならぬ。生活圏のボーリング温泉では意味が無い。
というわけで、山梨・甲府へ行くことにした。季節も良くなってきたのでMini Convertibleは常にオープンで、且つ、高速道路を使わず、風景の移り変わりを観察しつつ。
ルートは秩父から雁坂トンネルを経由して甲府である。さいたまから秩父までの道中に高麗神社の看板が見えたから寄った。奈良時代の初期に滅亡した高句麗からの難民だか渡来人だか帰化人だかを埼玉に入植させたことが由来の神社で、主祭神は高句麗王族の高麗若光。高句麗が現在の朝鮮半島と民族的文化的な連続性があるのかよく知らない。あのあたりは滅亡やら侵略やら民族洗浄やらが頻繁に行われた印象があるが、朝鮮半島の歴史は全く知らないので、やはりよくわからない。
以前から高麗神社は行ってみたかったところである。ルートを走っている際にたまたま見かけた。一般道はこのような寄り道ができてよい。

道の駅ちちぶ
299号から秩父に入り、道の駅ちちぶ着。埼玉民だから、名作の誉れ高いから、一つの教養として、と、秩父が舞台となった「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」を見たのはつい先日のことだった。私は大変なイケメンであって、オタクではないので、基本的にアニメは見ない。しかし、エヴァンゲリオンとか、涼宮ハルヒとか、けいおんとか、まどか☆マギカとか、名作であり時代性芸術性まで云々されるものは見ることにしていて、やはり見てみるとそれぞれに魅力があって、ハルヒの叙情とか、けいおんの果てしない平穏にみる病的な閉鎖性などは見る価値がある、見てよかったと思っているので「あの日見た~」も見たのだが、これはひどくて見ていられない…と言いたい―やはり名作とされるAIRに近いものを感じた。AIRもその魅力がさっぱりわからなかった―ところだが濃厚なファン層がいるのでめったなことを言うものでないのは、尾崎豊や長渕剛や矢沢永吉や、あるいは放射能や辺野古や安保と同じである。
秩父を題材にしたものは「草の乱」があるが、こちらの方がよい。しかし、地味かつ誠実な映画で、特別おもしろいものでもない。

道の駅ちちぶ
道の駅ちちぶで朝食というか昼食というか、そばを食べた。秩父と言えばそばが有名である、気がするので、そばを食べよう、とそばを食べたのは、今から15年くらい前の、三菱車に乗っていたころのことである。その時にほとんどカルチャーショックとも言えるくらいなショックを受けたのが、ここ、道の駅ちちぶの、この、しょぼい立ち食いそば店であった。何にショックを受けたかといえば、そばの麺がめちゃんこ固かったのである。コリコリというかポリポリというか、とんこつラーメン店の粉落としよりも固いような、いや、ほとんど茹でてさえいない、ひょっとしたら、茹でないままつゆをかけて提供したのではないかという歯ごたえのそばであって、これが秩父そばなのか!と感心しつつ、自分の物知らずに驚いたのだった。

道の駅ちちぶ
大学を出て働き始めてすぐに三菱車を買った。お金に余裕がなかった。1万円2万円が足りる足りない、車を買ってしまうとガソリン代がない、というような懐具合だった。その、全財産をはたいた三菱車でのドライブで秩父に行き、道の駅ちちぶでそばを、めちゃんこ固いそばを食べたのだった。あのショッキングな固いそばを食べて以降、そばに対して意識を傾けてきたが秩父そばは固いという説を聞いたことはないし、固いそばの話しを聞いたこともないし、そば以外でもあんなにコキコキと固い麺を食べたこともない。唯一無二の体験であった。
あれから15年か20年が経った。社会人1年目にニコニコして三菱車を買った後に2度めのリコール隠しが発覚して腹が立ったこともあった。この数日ではVWのディーゼル・チートが発覚したが、2ヶ月前にVWからBMW Miniに乗り換えた身としては複雑な気分でもあるな、などと思いながら、道の駅ちちぶの天玉そばを食べた。ごくごく普通の、一般的な麺の固さの、どちらかと言えばコシのない、いかにも立ち食いそば店で供されるような、決しておいしくないそばだった。この瞬間になって気づいたのは、秩父そばは麺がめちゃんこ固いということではなく、単に15年前の道の駅ちちぶの立ち食いそばコーナーのおやじが麺を茹で忘れたのだった、ということだった。
普通にまずい立ち食いそばだったことで、15年前のカルチャーショックの記憶を上書きできた。秩父には飲食店はいくらでもある。もっと安いところも、もっとおいしいところもある。しかし、上書きするために、わざわざここに来たのだった。
15年のわだかまりがとけた。固いそばなんてなかったのだ。「秩父そばってめちゃんこ固いよね!」などと知ったかぶりをしないでおいてよかった。



三峯神社駐車場
国道140号線で甲府方面へ。道中、三峯神社が近いので寄った。縁結びやパワースポットとして知られ、埼玉県屈指の神社である。埼玉最深部の大変に山深いところにある。長い長いワインディングロードの先に巨大駐車場があって目玉が飛び出る思いがした。これほどの山奥にこれだけの広さの駐車場を作るとは何ごとか、と。

三峯神社
中世に修験道場となって栄えた、とインターネットに書いてある。それにしてもこの山奥にこの規模の神社は珍しい。今となっては埼玉の最深部であるが、国道140号線が通っているあたりは、かつては甲府盆地と秩父盆地を結ぶ交通の要所でもあったのかもしれない。現在の感覚では山奥で意味不明だが、かつては険しいところであるが故の宗教的な強度もあったろうし、そもそも甲府秩父主要ルートの近くであったのだろう。

三峯神社
三峯神社
拝殿は派手。周辺のハイキングコースと一体となっており、宗教施設が単体でポンとあるだけでないところは高尾山や筑波神社に似ている。山歩き好きにはたまらないかもしれない。
三峯神社
巨木。
三峯神社
秋に来ると紅葉している可能性がある。秋の薄曇りに30mmくらいのレンズを持って再訪したい、そう思った。


ほったらかし温泉
三峯神社から国道140号線に戻り、甲府の方へ。雁坂トンネルを通るのだが、この長いトンネルは1998年の開通で、20世紀末、ノストラダムスの予言で騒いだころまでは甲府秩父間は、自動車で行き来できなかった。甲府秩父間には獣道のような非舗装道路があって、オフロード・バイクで甲府秩父を行き来する冒険が存在したらしいが、本当かどうかは知らない。
雁坂トンネルを抜け、甲府盆地へ。今回の小旅行の目的地、ほったらかし温泉着。景色がよい露天風呂で知られている。山の斜面にある露天温泉で、甲府盆地が見渡せる。山々の向こうに富士山も見える。大変に景色のよい温泉であった。地元民と思われる客の話を盗み聞きしたが、グループAではパチンコ店の女性店員との不倫を微に入り細に入り話しており、グループBではミカちゃんにだまってチカちゃんとチョメチョメしちゃってチカちゃんはかなりよかったという話をしていた。
温泉は「あっちの湯」と「こっちの湯」の二系統あり、別料金であり、景色も別である。あっちとこっちのどちらに入ったか忘れたが、向かって左の方に入った。山梨駅を見下ろすような角度だった。次回は向かって右に入りたい。再訪したい温泉であった。

甲府プリンスホテル
ホテルは甲府プリンスホテルである。プリンスホテルと言えば西武グループの富裕層向けのホテルを思い浮かべるが、恐らく資本関係はないし、西武グループとは宿泊料も桁が一つ少ないし、そもそも西武とは関係がないことは、無能がパッと見て「アッ」と分かるような、そんなホテルであった。

BOSE
Bose SoundLink Mini IIを持って行った。Anthems to the Welkin at Duskを聞きながら新・平家物語を読んだ。後白河法皇を筆頭に鹿ヶ谷で陰謀を練っていた。
最近になってブラックメタルというジャンルを知った。その代表的なアルバムがAnthems to the Welkin at Duskである。インナーサークルの記事を読めばブラックメタルというジャンルがどれだけ狂っているのかわかるが、その代表作を聴くに、表面的な汚さやうるささを脳内濾過すると、その音楽体験は大変にピュアである。聞いていて、とかくに人の世は住みにくい、と、草枕のようなことを思った。
甲府プリンスホテル
甲府プリンスホテル



武田信玄
夕食のため甲府駅周辺を散策。
甲府城址
休みに来たのだから観光疲れはしたくないが、直ぐ近くに甲府城址があると看板に書いてあったから寄った。日が落ちていったが、盆地である、太陽が赤くなる前に山並みの向こうへ消えていった。

牛丼
甲府といえばほうとうだが、ほうとう店は見かけなかったし、みかけるのは喫煙居酒屋風の飲食店ばかりだったし、一人だし、貧乏旅行なので吉野家へ。運動量が減っているので並Aセットである。

甲府駅
甲府駅。20代前半と思われるガラの悪い男数名が駅前にたむろしていた。ぼくちゃんはこわくなって目をそらしましたよ…。
武田信玄
武田信玄。戦国時代にはあまり興味が無い。






甲府プリンスホテル
秒針や空調や他の部屋のドアのきしみ音や外の列車の音がうるさいホテルに戻り、耳栓をしてベッドに入り、Kindleを読みながら19時か20時には寝た。よく寝たなぁ!と起きたら2時だったから、また寝た。

昇仙峡
6時前に起き、ジョギングで武田神社へ行き、ホテルに戻り、宿泊料に込みだった朝食を摂った。白米、味噌汁、納豆、味付け海苔、大根のつけもの、生卵という簡素な朝食だった。同じく宿泊料に込みだった健康ランド無料券は使わなかった。健康ランドには風情がない。
まだ帰るには早いので、甲府付近で一番の目玉であるらしい昇仙峡へ。甲府はのんびりしてごみごみしておらずに割と清潔で、キリスト教会の多い町並みである。その町からすぐの距離で山である。すぐに山があるのはよいことである。
昇仙峡
昇仙峡。風光明媚である。特に交通のためのルートではなく、景観を眺めるために、江戸時代に農民だか商人のおじさんが情熱でこの観光道を切り開いた様子。生涯をかけて、とんかちとノミで岩を切って拓いた、と石碑に書いてあった。
このあたりでEOS Mの電池が切れた。あまり写真を撮る気はなかったので予備電池を持ってこなかった。持ってきた電池の残量も、出発時にはかなり減っていたらしい。少し時間を置いて電圧が回復しても撮れるのはあと数枚であろうから、以後節約。

甲府観光はこれでおしまいである。

栃本関所
さいたまへの復路で、ぜひとも寄っておきたかったのは栃本関所である。埼玉最深部の国道140号線は何本かに枝分かれしていて、主要でない国道沿いに旧関所がある。この幅員6mくらいの道路が国道である。
実際に旧関所建物を見てみるとなんということのない建物であるが、これがよかった。まず、山深さがよい。関所が置かれるくらいであるから、かつてはこの山深い場所ながら秩父甲府間のほとんど唯一のルートだったということであろう。江戸へは武器弾薬の持ち込みを止め、江戸からは人質の女子供を出さないための関所である。入鉄炮出女である。
今でこそ国道が通り便利になったが、20世紀の末までは秩父甲府間は便利な陸路がなかった。特に物流交通の強い需要がなかったのだろう。しかし、近代以前では、秩父は今の秘境のような位置づけとは異なり主要な都市であったし、その主要都市と甲府を結ぶほとんど唯一のルートであった。この栃本関所を見ると、物事の移り変わりを感じることができて、大変よい。こんな山奥にわざわざ道路通したんだね、列島改造おつかれさん、とみなしがちであるが、実際には逆である。もともと地形的にここにしか道をひらけなかった、ここが唯一のルートだった、1000年か1500年くらいの間は主要ルートだったのだ。しかし、時代の方が、物流交通の方が変わってこの数十年で急激に使われなくなったのである。

栃本関所から
山深いところの斜面に集落がある。Amazonの荷物は届くのだろうか。生鮮食品はどこに買いにいくのだろうか。物事の移り変わりを思いながら見れば、しみじみと趣きのある景色であった。

定峰峠
あとはさいたまへ帰るだけであるが、途中、皆野町の温泉「満願の湯」に行った。過労死防止のためである。今回の旅行は温泉に入って心を洗浄し、死期を伸ばすのが目的であった。
滝の見える、景色のよい露天風呂のついた温泉であった。
風呂から出てからの復路では定峰峠を通った。自転車時代によく通った。茶屋の前で会員たちと写真を撮ったことが懐かしく美しく思い出された。白石峠方面は通行止めになっていた。理由は知らないが、警備員がいたので工事だろうか。
雨が降ってきて、これ以降はMiniの屋根を閉めた。

甲府と言えば遠くない。首都高から中央道に行けばすぐである。しかし、一般道で秩父を経由して行った場合、大変によい、満足感の高い旅となった。どこへ行くかではなく、どう行くか、というのも大切であると知った。



昇仙峡駐車場
栃本関所脇
全行程を一般道で走った。復路は嵐山小川で高速に乗るべきだった。帰りの疲れた状態での市街地は苦痛だし、時間もかかる。燃費は一般道ながら18.9km/Lであった。大変優秀である。マニュアル車にもすっかり慣れた。さらに慣れるため、上り坂や下り坂ではブリッピングの練習をした。
Mini Convertibleを中古車として買って以来2ヶ月弱で5000km走った。動力機関は好調である。オープンカーであるが故のネガティブポイントも多々あるが、今のところは屋根が開くことの楽しさのポジティブポイントが優っているし、GOLFやHIJETには感じなかった愛着もある。
屋根が開いた状態で観光地の駐車場にポンと停めておくと大変かわいいし、木陰に置いて温泉に入って戻ってきた時、シートに枯れ葉が落ちていたりすると、それもまた大変によい。
残念なことに、ドアまわりから雨漏りがあって、入院することになったのだが…。修繕費にいくら掛かるか知らないが、仮に5万円かかってもまだポジティブポイントが優っているのは見積もり前の段階でも明らかである。






9.13.2015

BOSE祭り

BOSE Quiet Comfort 25
BOSEはオーディオ機器としては邪道という言説に親しみながら昭和の終わりから平成も四半世紀を過ごしてきた。オーディオは原音を忠実に再生すべし、と思いつつも、購入する再生機器は邪道BOSEが多い。BOSEはオーディオ的には邪道かもしれないが、快適な製品づくりがうまい。
BOSE Quiet Comfort 25
飛行機も新幹線もめったに乗らず、特に使い道がないと知りつつも、何を血迷ったのか、ストレスで正常な判断を失っていたのか、Bose QuietComfort 25を買ってしまった。ノイズキャンセリングのヘッドホンである。
10年か15年前に、英語リスニング用に、いつでもどこでも英語に親しみたい、雑音を減らしたいとしてSONYのノイズキャンセリングウォークマンを買ったことがあった。これをスーツの襟などに仕込んでほんの隙間時間に英語教材を聞いていた。結局、英語を使う機会がないこと、英語どころか日本語も使う機会がないこと、クレーマー以外の人と交わることのない生活であることに気づき、英語学習習慣もウォークマンも捨てた。
昔のSONYのノイズキャンセリングシステムはノイズが少し減るが、ホワイトノイズが盛大で、音の変質も著しいもので、デメリットが大きかった。その後、カナル型イヤホンが世に出始めてそちらが軽量で遮音性も音質も良く、ノイズキャンセリングはハナクソ、という印象のまま時が流れた。
しかし、最近になってQuiet Comfort25など、BOSEのキャンセリング製品を、どこかの店頭で見かけた時に試してみればその性能に驚くばかりであった。技術の進歩である、という印象を持ちながらもその値札に目玉が飛び出たままであったが…過労のストレスで手元に来た。
というわけで、技術の進歩はすごい。音質面でのデメリットは体感できない。BOSEクオリティのヘッドホンである。ホワイトノイズが無いわけではない―「サーーー」というより「コォォーーー」というノイズ―が、気になるほどでもない。そもそも密閉型ヘッドホンなので装着するだけで遮音効果があるが、ノイズキャンセリングをONにするとおもしろいくらいに環境音が消える。部屋で言えば、エアコン、空冷ファン、雨音、外のクルマなどはほぼ消える。体感で95%か98%減である。自分の独り言も、骨に直接響く音を除けばかなり消える。CQ25をつければ室内ではほぼ無音になり、静かな室内と思った環境でもQC25を外すと思いの外いろいろなノイズにまみれていることに気づく。全ての換気・機械類をOFFにした深夜だとノイズキャンセリングの恩恵もないだろうが、それほどの静かな環境は例外的である。
消えにくいのは比較的高い音。人声、カラス、蝉の声が消えにくい。声の成分うち、アタックの強い子音とか周波数の高めの成分が消えにくい様子。消えにくいと言っても体感で70-80%減である。したがって屋外での使用に大変に向く。
晴れた昼間の公園―公園はのどかな印象があるが、たいていの場合、草木の手入れやらなにやらでチェーンソーやら芝刈り機やら植木屋のトラックがうなっていてうるさい―で使うと、蝉が遠くで鳴いているような、カラスが遠くにいるような、ヘリコプターが飛んでいるような、人が近くにいるような、どこかでバイクが走っているような、と思った時にQC25を外してみると、大変さわがしいことに気づく。がきんちょが騒いでいるし、ヘリコプターはホバリングしているし、蝉は5m以内で鳴いているし、え?この公園、バイク通行可だったの?という感じである。それらの消えにくいノイズでも、全部がそのまま聞こえるわけじゃなくてヘッドホンの物理的な遮音と、ノイズ全体の高めの一部分が聞こえてくるものの、低音域は大変によく消えてくれる。屋外でもベースラインがよく聞こえてよい。
慣れてしまうと意識しないことだが、とにかくなにかしらがガヤガヤとうるさい環境にいる。山奥やQC25は、静かであることの価値を教えてくれる。室内でもよし、屋外ではもっとよし、というヘッドホン―密閉型なのでケーブルのタッチノイズ等もあるから歩行時には向かない気がする。安全上も。―であった。コンパクトに収まるケースがついてくるので旅行にもよい。電池も単4と入手性がよく、ケースにはスペア電池収納場所もあり、万全である。




BOSE SoudnLink Mini II
かねてより布団に入って眠気を待つKindle読書タイムに、枕元の小音量で使うスピーカーがあればいいな、と思っていた。Wave Music Systemの設置場所は、布団に入って聞くにはやや不満な位置である。というわけで、過労死まっしぐらなストレスから特に検討もせず、Bose SoundLink Mini IIを買ってしまった。最近になって新型になったらしく、旧型よりいくらか利便性が増したとか。
BOSE SoundLink Mini II
マイクロUSBで充電ができ、Bluetooth接続―有線も可―であるから、充電時以外はケーブルが要らず、煩わしさが無い。サイズや価格から想像する程度の、決して期待はできない、してはいけない程度の、鑑賞水準は満たさないがBGM水準は満たす程度の音質ではあるが、便利で気軽である。旅行や出張にも最適である。バッテリー駆動時間は十分に長い。バッテリーが切れてもUSB充電であるから、困らないだろう。これが専用アダプタだと機動性に難がでてくるところである。



9.07.2015

METAL

大黒PA
加齢や、世間と交わらない生活が重なって、2000年代、2010年代以降の新しいものに追いついていけない感覚があって、いろいろにつらい…。新しい人名は覚えられず、古い人名も思い出せない。トリップ・ポップだとかエレクトロ・ダンス・ミュージックなどを聞いても理解へのとっかかりもつかめない。まったく解せず、プログラム・コードかアラビア文字を眺めているような感覚になる。

METAL
つまるところ、もう、年である。新しいことになじめない。それならば、世代的、文法的に若いころに接して慣れ親しんだメタルでも聞くか、と思い、古典メタルCDを4枚買った。音楽を聞くためにCDを買う、という行動様式そのものが、年寄りである。今はネット購入したり、あるいは脱法サイトでダウンロードするのが主流で、そもそも、今はCDプレイヤーやCDロム装置がないのがデフォルトである…。
  1. IRON MAIDEN: Brave New World
  2. MEGADETH: Greatest Hits
  3. METALLICA: Master of Puppets
  4. PANTERA: The Best of Pantera
なぜメタルなのか、というと、単に好みに合うというのもあるが、Mini Convertible用である。屋根がガタピシうるさいし、幌だから各種ノイズも盛大なので、音量のダイナミックレンジが繊細な音楽は向かない。また、クルマで聞くものなのでノリのよいものがよい。人生を悲観してダンプに飛び込みたくなる音楽ではいけない。MP3にして1枚のCD-Rに焼き、Miniのプレイヤーに突っ込んでおけば比較的便利に聴ける。Mini(R57)は設計が新しくないのでSDカードもBluetoothもない。MP3対応のCDプレイヤーである(と、AUX IN。ラジオも)
まだ聴き込んでいないからなんとも言えないが、この中での好みとしてはPANTERAが上位で、IRON MAIDENが下位である。PANTERAは派手かつシンプルでやや下品な感じがよい。IRON MAIDENは曲やらサウンドやらに凝っているが、凝っている音楽はシンプルさに欠ける。
中庸、王道を感じさせるMEGADETHとMETALLICAは、今のところ区別がつかない。





靄につつまれるような回復期のなかで、レメディオスの残した埃だらけの人形に囲まれながら自作の詩を読むことによって、アウレリャノ・ブエンディア大佐はそれまでに経験したさまざまな決定的な瞬間を思い起こすことができた。ふたたび詩作が始まった。―――百年の孤独―――



9.06.2015

近況日誌

マップカメラ
70DとEFレンズ群を売った(というか売るためにマップカメラに送った)。EOS Mシステムは残した。
  • カメラ熱が冷めている
  • 一眼レフはでかくて重いから持ち出さない。使わない
  • 被写体がない
  • ブログを書かなくなって写真もあまり使うことがなく、被写体がないだけでなく使い道も減った
  • Vimeoの1 Minute: a Vimeo Project活動は細々と続けているがEOS Mで十分。それどころかRX100でも十分
  • 売ったカネをもとにフルサイズミラーレスα7Sでもと思ったが、使い道がないのでやめた

Mini Convertible
雨でない日はMini Convertibleでどこかへ行き、ひらけたところにイスを置いてランチをし、本を読む、というパターンができつつある。

M&M'S ピーナツ
本を読みながらM&M'Sのピーナツを糖尿病にならない範囲でペチョペチョと食べることにしている。

新・平家物語
平家物語 (ビギナーズ・クラシックス) につづいて、新・平家物語を読んでいる。長編だが安価でよい。新・平家物語では「平清盛」でいうところの加藤あいの存在が省かれていて、いきなり深田恭子である。吉村英治の執筆時には加藤あいの存在が知られていなかったのか、吉村的清盛像のためあえて省いたのか。また、加藤あいと深田恭子の両方に求婚されたとしたら、私は加藤あいを選んであげたい。

赤城大沼
イス
赤城小沼
凛として
赤城大明神
忠治御用めし





SONAX グラスクリア
SONAXグラスクリアを買った。洗浄と防汚加工を兼ねたアイテム。窓の内側、外側の両方に。内側は、GOLFではエクスクリアであまり曇らなかったが、Miniは曇る。国産品を信頼しないわけではないが、かつて持っていた国産は安心安全高品質高性能という愛国的信仰も薄れつつ―それどころか「価格のわりには性能がでている」アジア製品に過ぎないと考えているフシもある―あり、ドイツの科学力は世界一であるし、SONAX製品は良いように思えるので。
また、SONAXのガラスクリーナーは内側だけでなく、外側にも使える。特に幌からガラスに垂れる雨の跡が落ちにくいので、内側だけでなくそれ用にも。通常の雨汚れなのか、幌保護剤の悪影響なのかは知らないが、汚れが界面活性剤程度では汚く伸びる感じなので。
外側にコレを使うとおもしろいくらいにキレイになる。内側の曇り具合はまだ曇るような高湿度な天気になっていないからよくわからない。


車をMiniに替えてから少し出かけるようになった。カメラは写真よりもVimeoの1 Minute用に持ち歩いている。先日、群馬の沼に行った。そこで久しぶりに納得のいく画が撮れた。静かな画が好きだ。沼は火山湖で魚がいないようだった。魚がいないから鳥も少なかった。とても静かだった。どこか遠くで虫がアゴを鳴らす音や、数百メートル離れた鳥の水音が聞こえる静かさだった。山は天気が変わりやすい。この後に風が出て濃霧になった。風で湖面が波だち、視界が白くなった。霧ではなく雲の通過だったのかもしれない。