7.29.2015

Mini Convertibleが納車されましたよ…(産廃で…つらい…)

MINI

6年落ち中古のMini Convertibleが納車された。「一応、車検は通した、公道を走っても合法である」という中古車販売店クオリティでの納車であるので、しばらくはリフレッシュ整備やらパーツ交換の日々であるのだが、まずは、ディーラーに持ち込む前段階として、ホイール&タイヤ交換である。
納車された状態では、本当に車検通ったの?これフェンダーからはみ出てるでしょ?タイヤ幅がJohn Cooper Works仕様より太いよ?これマズイんじゃないの?という怪しい社外ホイール&タイヤが装着されていた。ディーラーで入庫拒否されてもつまらないし、サーキットを走るわけでもないし、こんな太いタイヤにでかいホイールだと重たいし燃費は悪いし、デザインも好きでないし、いいことはひとつもなさそうなので、交換である。
給料袋の厚みから言って中古ホイールしか選択できない。16インチの中古にするか、17インチの中古にするか、という選択である。16インチの中古ホイール中古タイヤの安価なセットが近所で出たので取り置きをしてもらい、納車後、保険の手続きをし直ちに中古ホイール店へ行った。まずは安いセットでしばらく乗ってみたい。怪しいホイールを下取りしてもらい、純正中古ホイール&中古タイヤを付けてもらって2万6千円ほどであった。
と、良かったのはここまでで、あとは問題山積である。


問題1 ハブのネジ穴が逝った
怪しい社外ホイールを外す際、ボルトの1本が噛みこんでいるようでスムーズには外せなかった。斜めにボルトを締めてしまったのか、異物ごと無理に締め込んでしまったのか、ともかく、ボルトだけでなく、ハブのネジ穴も潰れていた。お店の人があれこれ手をつくしてくれたが、いかんともしがたく、スピードを出さず、直ちにディーラーへ行くように、とのことであった。
経年劣化ではなさそうである。本来ホイール交換は十字レンチで丁寧にボルトをゆるめたり締めたりするべきであるが、納車整備かその前かはわからぬが最後にボルトを締めた人が、インパクトレンチでドガガガッとねじ込んでしまったのだろう。
というわけで、ハブが逝った。交換コースであろう。そのネジ穴ではホイールを十分に固定できないので、走行に重大な支障がある。


問題2 ETCが逝ってる
納車してくれた陸送会社の人が言うには、ETCがセットアップできなかった、そもそも電力も来ていないのじゃないか、わしゃしらん、中古車店と話し合ってくれ、とのことであった。
中古車店に行った時にはETCは作動していたと記憶しているが、ともかく、現実問題としてETCが逝っている。配線が切れたのか、故障なのか分からないが、修理or交換コースであろう。
走行に支障はないし、修理交換も容易かつ高価でないから大きな問題ではない。


問題3 オープンにならない産廃
ハブ交換コースで走行不可、ということでスピードを出さぬようそろりそろりと駐車場に帰り―ディーラー定休日だった―しょんぼりしながら、あちこちの装備を確認していたところ、なんと屋根が開かない。9割くらいは開くのだが、最後まで開ききってようやく屋根が固定されるので、9割では走行不可―走行可能ではあるが、固定されない状態で走れば電動屋根フレームが逝く―である。オープンカーとしてのレゾンデートルが崩壊する極めつきの不具合である。
これも中古車店で正常に動作するのを複数回確認したのだが、現実問題としてどういうわけか屋根が開かない。素人の見立てであるが、幌の一部が後部座席後方の車体フレームというかロールオーバーバーのフレームというか、そこに幌が引っかかって最後まで開ききらない、幌のたたみ方に悪いクセがついてしまったのか、幌が経年劣化で硬化してしまったのか、そのフレームに引っかかってしまって最後まで開かない、フレームに引っかかるということは、フレームは固定物だからフレームが幌に引っかかりにいくわけじゃない、幌がフレームに引っかかるのだから、幌に異常がある、としか思えない。
何かの操作ミスで開かないだけなのかもしれないし、ちょっとした調整で直るのかもしれないし、幌の硬化で幌交換50万円コースなのか、あるいは、電動ユニット交換200万円コースなのか、皆目検討がつかない。
屋根が開かないオープンカーは産廃である。ガーガーとノイズがうるさくてミシミシきしむ産廃車である。落下物があれば即死する欠陥車である。ただし、屋根が開くからそうした七難が隠れるのである。屋根が開かないなら10年落ちのワゴンRの方がましである。




ハブが逝ってて乗れないし、オープンにはならないし、産廃そのものである。中古車で、且つ、非認定中古車なのでやむを得ないことだが、乗れるようになるまでに時間と費用がかかるだろう。
定休日明けの今朝、ディーラーに行き、各種見積もりと法定点検を依頼した。ディーラー駐車場で屋根不具合の確認をすべく、9割オープンにしてみた―が、やはり完全に開かない―が、走らなくても気分が良い。中古車地獄の入り口にありて、もう今日にでも全部放り投げてワゴンRに乗り換えたい、と思いもしたが、やはりオープン体験をしたい、オープンで高原を走りたい、という気持ちは再確認できた。GOLFを売って、さらに追金を払った。これはサンクコストである。これだけカネを払ったのにまだカネがかかるのか!もういやだ!と考えるのではなく、まだ何も始まっていない、これから払うカネが、オープン体験の対価だ、と思うべきである。しかし給料袋の厚みから考えて、どんとこい200万円コース、とまでは言えないのがつらいところである…。
また、中古車店に保証がきくかどうかで連絡をしたところ、想像していた以上には色よい返事が来た。200万円コースとなっても全額自腹ではなさそうである。



7.27.2015

ジョグ

2015-07-27
月曜の朝からジョグをした。昔は朝トレをしていたが、朝トレ習慣はもちろん、体を動かす習慣も失っていたが、運動をしなければ食欲がなくなって食事をする楽しみもなくなる。すると幸福度が下がる、ということに気づき、ある程度の食欲は必要だな、二郎ラーメンを食べられるくらいには胃袋を拡張したほうが幸福だな、というわけで運動量を増やすことにした。夏は寝苦しく、朝も明るいので起きやすい。
ペースはキロ8くらいだし、タイム向上には興味がなく、でかくて重くてゆさゆさしてバッテリー管理が面倒なGarminをつけなくなった。時間を知るためにシチズンの貧乏ブランドQ&Qのダイバーズ風を付けるだけになった。




自分をダメだと責めていれば楽でいられる。でも責めた分だけ卑屈な人間になるよ。―――闇金ウシジマくん―――







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7.24.2015

オススメ3作

百年の孤独


俺は女とキスをしたこともないんだ。金持ちになって事態が変わるなら俺は何だって構わない。相手にしてくれるなら金が目当てでもいいんだ。俺は幸せになれるかな?―――シンプル・プラン―――

この1ヶ月で5回くらいのジョギングをし、Mini Convertibleを買いに行き、30本くらいの映画を見て、「百年の孤独」を読み始めた、というのが私の私生活の全てである。


その中で印象に残った映画は
  1. シンプル・プラン
  2. メランコリア
  3. 鑑定士と顔のない依頼人
の3作。



1 シンプル・プランは再見。サム・ライミ。以前に見た時は、記事の記述を見る限りは、ローラーのおかずに見ていたのか、単純かつ表層的な見方をしていたようで、普通のアメリカ映画として見ていた様子。
今回は、お兄ちゃんの哀切をメインに見た。中年の危機まっただ中にある身としては大変にシンクロしてつらいものがあった。このようなお兄ちゃんになりたい、なるべきだ、このコースしかこの先生きのこる道はない、と思った。
アカデミー賞がなんたら、という作品だが日本ではマイナーであるらしく、入手性、視聴性が悪い様子で、Google Playなどでも見つからない。中年の危機にある男性は必見とも言えるが、そうでなければ見る価値があるとまでは言えない気もする。間違っても子供の情操教育にはならない、という作品であった。星3.9つ。





メランコリア
2 メランコリアは「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で有名なラース・フォン・トリアー監督作品。この監督はいまどきの若い世代―と、物知り顔のアート崩れのおじさんおばさん―には大人気である様子。私はダンサー・イン・ザ・ダークよりも「ドッグヴィル」シリーズの方が印象深いが、ともかく、その鬼才による作品。「メランコリア」という題名の通り、監督が鬱で、その気晴らしだか治療の一環として撮った作品であるとか。
というような予備知識無しで見たところ、冒頭の美しい詩的イメージあふれる(ように見えるが、心のどこかで「なんか山師臭いな」と警戒心が働く)シーンの連続からとんでもなく退屈な結婚式シーンに移ったところで初めて、「あれ、これはひょっとして娯楽映画じゃなくてアート映画なんじゃないか」「アート映画ならばこちらの知性不足で全く読み取れないぞ…最新式アートくさいから全く歯がたたないな…」「ひょっとしてこれ、映画じゃなくてインテリ製の知的パズルなんじゃないかな…」という感覚があって、全く文法やら方法論やら意図やらが読み取れなかった。
「これは私の理解できる範囲を超えている。全く歯がたたない。しかし『ボクもメランコリア見たよ、興味深い作品だったね』とサラッと言って見栄を張るためのアリバイ作りとして最後まで見なければ…」と、ほとんど意地になって見続けたところ、後半になってようやく話が動き出して―動き出したからといって面白くなるわけではないが―SF映画風に話が進んでいき、なるほど、つまらん、という結末を得た。
個人的には「この矛盾だらけの今の世の病的な同時代の感覚」は強く感じた一方で「世代や時代を超えて否応なくこちらの心に入り込んでくる芸術性」は感じなかった。「池田大作先生や渡邉美樹先生の肖像画を見た時の『うわぁ』という感覚」はあったが「ゴッホのひまわりを見た時の『うわぁ』という感覚」はなかった、と言い換えられるだろうか。
したり顔のアート崩れのおじさんおばさんたちには先生先生すごいすごいと持ち上げられているが、恐らく芸術志向のラース・フォン・トリアー監督自身はわかっているのじゃないか、と。池田大作先生の画は描けても、ひまわりは描けない、という現実を。タルコフスキー大先生の映画を見た後に、自作を見たとしたらそりゃ鬱病にもなる、と想像した時、初めてこの「メランコリア」という作品に共感と尊敬の念と、恐怖を抱いた…。星4.0つ。




鑑定士と顔のない依頼人
3 鑑定士と顔のない依頼人は「ニュー・シネマ・パラダイス」や「海の上のピアニスト」で知られるジュゼッペ・トルナトーレ監督。信頼と実績、安心安全の名監督である。
ネタバレを嫌うタイプの映画であり、また同時に、ネタバレを嫌うタイプの映画である、と言ってしまうこと自体が視聴体験をスポイルしかねないが、そう言わないと、どこかで読むべきでないものを読んでしまってもっとスポイルしてもいけないから難しい。一切の解説や商品説明も読むことなく、予備知識無しで見るのが良い。
平たく言うと、中年を通り越してもはやヨタヨタし始めたおじさんが、カネとか名誉とか職業人としての誇りじゃなくて、真の幸福を得る、というような話であろうか…?
さすが信頼と実績のジュゼッペ・トルナトーレ監督である。星4.3つ。




7.19.2015

Mini Convertibleの方へ…(すごろくの振り出し)




「あけみちゃんに振られたんか?」「そうですよ!!」―――虹をつかむ男―――


Mini Convertible
にて「オープンがよろしい」と会員から聞いた翌日のことであったと記憶しているが、Mini Convertibleに試乗(カーシェア)するため東京へ行った。悪く言えば敗残感、残飯感のある日常に耐えられないから中年男性の典型欲望たるクルマに頼る、という構図である。しかしながら、いい年こいてしまった今からかわいこちゃんを見つけて必死に喰らいついて家庭を持つための高難度コースを走る努力をしなくて良い、これから心肺を鍛えて膝痛を乗り越えて落車の恐怖を乗り越えてロング完走を目指さなくて良い、とか、ひとつの区切りを得た状況でもある。もはや余生であるのだから楽しいことをやってもいいのじゃないか、と良い風にも言える。





もうあんたくらいの年頃ならな、嫁にこどものふたりもでけて、たのしいくらしやろに、そんなことも考えていられんわなあ。わしはもう、うまいことこう…なぐさめることばしらんもんやさかいに、あ、もう一杯おかわりどうですな?―――股旅・三人やくざ―――





靖国神社
乗ったのはMini Convetibleの初代。ウイーンと電動屋根を開けて走りだした瞬間に「ああ、これであるな、絶対にこれであるな、屋根は開かなければならぬな、屋根の開かないクルマという選択肢はないな」と思い、直ちにFIAT500は選択肢から消えた、というか、サルーン風じゃないバタバタした小型車でマニュアル車で屋根が開いてできれば4シーターとなるとMini Convertible一択となった瞬間であった。素晴らしい開放感であった。Aピラーが立っていて短いのも開放感につながっているのだろう。
(物知りである会員のいうことは聞くものである。会員はたいてい正しい)


俺はもう関わりたくない。怖いんだ。暖かい土地へ行きたい。やり直したいんだ。記事に俺の名を出すな。俺はカスだ。重要な存在じゃない。―――消されたヘッドライン―――


新宿南口
オープンカーは開けて走ると恥ずかしいから開けて走らなくなる、という説があったが、全く恥ずかしいという感覚はなかった。エアロワンピースにエアロヘルメットをかぶって公道を走るような、信号待ちでは公の空間でありながら股間に手を突っ込んでポジションを直すような人間である。恥の感覚などあるはずがない。慣れとは恐ろしいものである。
同様に屋根を開けて走ると風が吹き込んで不快だから開けて走らなくなる、という説もあったが、全くそんなことはなかった。荒川サイクリングロードの北風―通称荒川峠―に骨の髄までさらされた人間には爽快感しかなかった。

オープンカーにはネガティブな面もある。前にトラックがいれば排ガスが臭いとか、夏はじりじり暑いとか、幌はイタズラで切られるとか、雨漏りがするとか、遮音性が低いとか、幌張り替えは高額とか、メンテが面倒等。だが、屋根を開いて走る楽しさを得るためなので当然といえば当然である。楽しくなくていいのならスタンダードの王者たるGOLFに乗れば良い。屋根が開くという一芸の前には、いろいろな難は許すべきである。






松本城
このようにして心はMini Convertibleに決まった。思えば、5年前、自転車に乗りはじめる直前にやはりMini Convertibleを買おうとディーラーに行ったことがあった。初めての自転車BD-1は、Mini Convertibleに積むために買ったのだった。記憶が正しければ、BMWディーラーに行った翌日にレイクタウンのY's RoadでBD-1を買った。そしてBD-1に乗り始めたらクルマはどうでもよくなり、自転車の方へ進んだのだった…。それから5年か6年経った。すごろくが振り出しに戻ったようである…。
Mini Convertibleで心は決まったので、現状をBMWディーラーに問い合わせてみた。3代目はデザインが好きでないし、Convertibleの3代目はそもそも発表前であるので、2代目はまだ新車の注文を受けているのか、と聞いたところ、「もはや注文は受け付けていない、Convertibleの新車は在庫のみである、在庫は僅少で且つ全てATである、同様にMini Roadsterも在庫のみで在庫はほとんど無く且つ全てATである、3代目は恐らく1年半か2年後となるだろう、おつかれさん」という回答であった。
新車は諦め、Mini Convertible2代目、マニュアルの中古車をターゲットとして探していたところ、遠方(長野県)のディーラーであるがBMW認定中古車でよさそうな玉が出ており、実車を見に行って問題―素人が機関を見てもわからないから、車内が臭くないこと、屋根の開閉が正常であることなどを確認―がなさそうだったら即契約をしてしまおう、と心に決め、いや待てよ、長野まで実車を見に行ったらもう売れてました、というのでは困るから一応問い合わせておくか…まだ売れてなかったらぼくちゃんが買うからと言って確保しておいてもらうか…と電話をしたところ「ConvertibleのMTであるか、ついさっき売れた、おつかれさん」という回答を得た。
認定中古が望ましいから、認定中古から探していたのだが、認定でMTとなると、玉数は大変少ない、というか、Convertibleで認定でMTとなるとその1台だけであった。売れてしまった玉は色が気に入らなかった。このまま気に入る色で、認定で、MTで…と玉を待っていてもいつになるかわからないから、認定中古という条件を外して探したところ、年式が6年落ちと古くなるものの気に入る色でMTでシートヒーター(オープンカーには必須らしい)もついた玉が見つかった。こちらもどういうわけか長野の中古車店であった。あらかじめこの中古車店に電話をし「臭かったり見るからに事故車でなければですが…あの…ぼ、ぼくちゃんが買うので取っておいて欲しいのですけれども…長野まで行ったら売れてました、というのではつらいですから…明日の朝、そちらに伺いますので…おねがいいたします…」と言い、長野へ行った。実車は6年落ちにしてはキレイで臭いは特にしなかった。幌の状態もよく、屋根の開閉もスムーズだった。車検切れで試乗できなかったり、長いこと売れない長期在庫車であったり、妙にスポーティな社外ホイールに変更されており前オーナーが荒っぽい使い方をした可能性もあるが、ハズレ個体だったとしても2年くらい乗れればいいか、中古車なんだから期待値も低く保てるし、ハズレ個体に苦労するのも一興と思えばそれもまた楽しかろ、というわけでMini Convertibleを買った。同時にその中古車店でGOLFを引き取ってもらうことにした。追金は少しあるが、金銭面で不満はなかった。納車はまだまだ先である。




7.18.2015

知識と体験


半年以上、休みが取れない状況が続いてきた。先日、区切りがついて状況が改善するかと期待した矢先にまた嫌な展開になった。ライフワークバランスが崩れていて、改善の見込みがない。

父親に痴呆が出始めた。大変なショック。どのくらいショックなのか、というのは未体験ゾーンなので説明のしようがない。徐々に父親が失われていくこともそうだし、自分の一部が溶けて消えていく感覚で、強度で言えば、これまでで体験した精神的打撃としては最大級で、改善の見込みはない。

安保だの戦争だの徴兵だの大東亜帝国主義の復活だのと騒がしいが、興味がない。人生でもっとも政治・社会に興味がなくなっている。

解決策やアドバイスは全然要らない。心情的に寄り添って欲しいとも思わない。「約束された安堵」とか「薬物の王者」と称される—業者の宣伝文句にも見えるが—ヘロインが欲しいが違法薬物だからせめて代替ヘロインのオキシコドンが欲しい。オキシコドンも違法薬物かもしれないから、大麻が欲しい。場合によっては大麻も違法かもしれない。先日、5年ぶりくらいにアルコールを飲んだ。白ワインを半杯ほど。久しぶりの薬効を経験したが、アルコールは、人生を削ったりお金を払ったりする価値のある薬物とは思えなかった。

以前見たときは大した感慨もなくスルーしたスキャナー・ダークリーが、とてもビビッドで、個人的にとてもシンクロしているのではと思いだされて、再見した。敗残者への挽歌であった。これから人生を失っていく者への挽歌であった。胸に迫るものがあった。実際に父親が痴呆になる、とか、実親のように接してくれたおばさんがあぶない、とか、ヘロインしかこの先生きのこるすべがない、というような状況は、当事者にならないとわからない、そういうありふれた状況であっても観念的に知っているのと、当事者として体験するのでは、全く違う現象なのだな、と気づいた。気づいたときにはすでに遅いのだが、遅くなる前に気づくことも可能ではないだろう。



7.12.2015

オープンの方へ…

東京へ…
心の痛みを取り除くためオキシコドンを密輸するか、もっと直接的に、上野のイラン人からヘロインを買ってくるか、閉鎖病棟のベッドの上で暴れて看守に殴り殺されるしか、この先生きのこ る方法はないな、と思うくらいには視野狭窄となった頃にイケメン会の懇親会が行われた。会員たちの人間味に触れ、心温まり、食べ、飲み、そして会が終わり、会員Cと別れ、会員Yと駅まで歩いた。「むすこがとてもかわいい、自分に似ていてとてもかわいい」というような、中年独身男性の心の底をえぐり取るようなことをナチュラルに連発するのを聞きながら。店員や仕事関連を除いた人様と話したのは半年ぶりだったな、閉鎖された関係性に閉じこもっていると視野が狭くなるな、認知が歪むな、感覚がずれるな、と思いながら。久しぶりに話したな、少し話すと喉が痛くなるな、普段声なんて出さないからな、終わったそばからもう会が懐かしいな…と思いながら。
会員Yとも別れ、さいたまへ帰った。起きたら会社へ行き、苦痛で泣き出す一歩手前で会社を出て、家にたどりついたら既に寝る時間、慌てて布団に入ってはストレスと苦痛で眠れず、うとうとし始めたところで朝、という毎日のことを思いながら…。気晴らし1泊旅行をする時間も取れずに埼玉南部にへばりついていないといけない、離れてはいけない、常に連絡がとれなければいけない、常に駆けつけられなければいけない、電話が鳴れば直ちに取らなくてはいけない、いやむしろ、電話が鳴るだろう直前にそれを察知してこちらから電話をしなければならない、という毎日がこれからも続くことを思いながら…。
そのような懇親会を終え、さいたまへ帰った翌日のことであるが、FIAT500MINI CONVERTIBLEに乗りに行った。
安全で高性能高品質ながらマジメ過ぎて退屈なGOLF7に乗り続けるより、多少危険でも楽しい車に乗った方が良いのではないか、まだGOLFを買ったばかりでそうポンポン買い換えられないよ、と言ってこの先何年か退屈な思いをするより、楽しいほうがいいのじゃないか、明日ダンプに挽き肉にされてしまうかもしれないのだし…。それならば、小さいエンジンを回せるような、ちょこちょこと動けるような、サルーン風じゃなくてドタバタとしたような小さな車が―今も昔もLUPOが好き。GTA5ではカネはうなるほど持っているがISSIPANTOに好んで乗っている―いいのじゃないか、中年男性には車くらいしか残されていないのだし…ドタバタした小型車でもMINIじゃドイツ車らしい生真面目さがおもしろくないな、やっぱりゆるゆるガバガバのイタリア車が愛着をもてそうで良いな、ということからFIAT500のマニュアルミッションに9割方は心が決まっていて、ほとんど買う気マンマンでディーラーへ行き、再度の試乗をし、見積を出してもらった。やはりTWINAIR独特の「ずぼぼぼ」という音が心地よく、少し踏み込むと内装やらボディが共鳴してガタガタ言う安っぽさが心地よく、余分な電子装備がごちゃごちゃついていなくてサッパリしていて良い車であったが、ポジションがワゴンR風にアップライトであまり好きでないな、とも思った。
また、GOLFを売っても150万円くらいの追金が必要となることにどうも釈然としないものがある。いかにゆるゆるのガバガバのイタリア車とは言え、セグメント落ちもそうだし、装備もそうだし、そもそも設計年代としても相当にランク落ち感がある。追金をたっぷり払ってのこの都落ち感も納得がいかないな、それでもマニュアル車に乗りたいな、バカがチョンとアクセルを踏んでも乗れてしまうオートマも退屈だな、というアクセルとブレーキを同時に踏まざるを得ないような気持ちであった。
東京…
カチッとして値段による階級分けがはっきりしているドイツ車文化よりももっと自由でゆるゆるのガバガバなラテンな方がいいな、という出発点があって、心はやはり9割方500であったが、会員Cが4台オープンカーに乗り継いだ、という情報に接し、4台乗り継ぐからにはそれ相応の理由があるのだろうから一応私も実際にオープンを確かめてみなければなるまい、この間FIAT 500のセミオープンに乗った限りでは屋根が開くことに魅力がなかったが、あれはセミオープンであってオープンではない、ホンモノのオープンとニセモノのセミオープンの区別もつかないお前の目は節穴か、節穴だから独身なのか、君はこれからも節穴独身を続けるつもりなのか、人生やり直せたとしてももう一度自信をもって独身節穴モノ知らず人生をやり直すつもりか、という会員の言葉もあり、とにかくネット漁りで得る情報だけではなく実際にホンモノのオープンを体験せねばなるまいて、と、MINI CONVERTIBLE(カーシェア)に乗りに東京へ行ったのだった…(つづく)





7.06.2015

さいたまのあるイケメンをほめたりおだてたりよいしょするトライアスロン友の会2015


もうこの先生きのこれそうもないし、死んでしまう前にせめて楽しいことしたいなあ、とくよくよと部屋の隅で泣く日々を送っていたところ、「さいたまのあるイケメンをほめたりおだてたりよいしょするトライアスロン友の会」の懇親会を開くことになった。これは終身会長である私(イケメン)を大変にほめておだてて励ます会になるだろうな、と思いつつ宴会部長であるところの終身会員Cオススメのお店へ行った(さすがCである、洋食と言えばサイゼリヤしか知らない人間とはわけが違った…)。参加者は終身会長(イケメン)、終身会員C、終身会員Y(骨折中)であった。ほめたりおだてたりよいしょするトライアスロン友の会なのだが、実質は「結婚したくてもできなかった独身中年男性に充実した私生活を見せびらかす会」に似た性質をもったように思えたのは、私の認知の歪みのせいであろうか。
さてその際に会員たちから「君は最近、車熱が上がっていると聞く。ま、貧乏人の君には関わりのないことだが、私はオープンカーを4台乗り継いだ。オープンカーは扱いに気を使うが、それ以上によいものである。嫌なこともあるが、それ以上に楽しいものである。どうせ自制の聞かない君のことだ、車熱を治めるには車を買うしかないのだろう?それなら屋根が開いたほうがいいのではないかね?ダンプにミンチにされて死んでしまう瞬間に見る走馬灯は、オープンカーに乗った人生と、乗らなかった人生、どちらがいいかね?どうせ君は何をやっても後悔してグズグズと不満を並べるのだろう?天国にいたって不平を垂れるタイプの人間だろう?それならば、やって後悔した不満を並べるのと、やらなくて後悔した不満を並べるのと、どちらがいいかね?私を見給え。またフレームが増えた。しかもこれまでで一番高価なフレームだ。しかし後悔など全くしていない。これが『やって後悔しない』という本当の人間のありようだ。ま、あさひの自転車が似合う君にはオープンカーなどは過ぎたるものだがね。」という言葉があった。
FIAT 500
外見が好みだったことから、心はほとんど9割方FIAT500に傾いていた。GOLFの下取りと500の見積もりも取っていた。心は決まっていたのだが…懇親会で話を聞いた翌日…(つづく)


ぼくはおそらく…信じたいと思ったものを見たんです。思い込みは、とかく、人の見る目を曇らすものです。―――フォックス・モルダー FBI捜査官―――

7.01.2015

自称オープンカーorポルシェorマニュアル車貯金(7月1日)


ポルシェ店
  • カーシェア(MINI) 988円
  • コイン駐車場 100円
  • セブンイレブンのコーヒー 100円
  • ガソリン 150円
  • カーシェア(シビック タイプR MT) 2727円
  • ガソリン 400円(むしゃくしゃしてドライブした。むしゃくしゃしていたので車内で思い切り叫んだ)
  • カーシェア(FIAT 500) 1399円
  • ガソリン 600円
  • ガソリン 300円

自称・オープンカーorポルシェ貯金中であるので、不要不急の出費を書き出しては自戒しているところである…。
今週の無駄な出費は6764円で、ほぼ車関連であった。インターネットに書いてある写真などだけを見てポルシェに乗りたいなあ、オープンカーに乗りたいなあ、とあれこれ想像をしていても発展性というか具体性がないので、乗ったことのない車に乗ってみる、百聞は一見にしかず作戦である。

BMW MINI(初代)
BMW MINI Cooper(初代)
BMWがMINIをつくりだしてからしばらくになって今となってはもう3代目であるが、乗ったのは初代。
ゴーカートフィーリングを売りにしているシリーズの初代。デザインは今もなお美しい、というか、個人的には3代の中では好きな方。初代は好きだし、2代目も無難でポップで好きだけど、3代目は万人向けに振ってダイハツみたいに見えて嫌い、という感じ。
さて、実際に試乗。乗った感じはやや視点が低めだが、GOLFと変わらない感じ。ポジションは出る。MTでも快適に乗れるだろう。パワーステアリングがやたらと重くて驚いた。これも個性としてわざとそうしているらしい。変速はCVTでつまらない。パワーは十分か過剰なくらいだが、CVTなのに燃費が悪い。そこら辺をテキトーに転がすと10km/Lに届かない。ステレオはブーミーというか低音が強調されて味付けが濃い。
夜に乗った。オレンジに光る内装の、その光り方が大変美しかった。この光り方は本当に美しくて見るたびに幸福度が上がるだろう。美しいというのもひとつの性能である。この美しい光も、3代目になると液晶画面になってナビなどが表示される。液晶は電話やコンピュータやiPadで見飽きている。液晶はダサい。ナビ画面もダサい。もう液晶は飽き飽きである。液晶を眺めても幸福度は上がらない。
10年以上前の設計なので装備品などは劣るが、最近思うのは、ナビはスマホのGoogle Mapsで十分で、レーンキープアシストだのアクティブクルーズコントロールだのごちゃごちゃとした電子装備はいらねえんじゃねえの?目で見て体で感じて手足を動かして自分で判断してコントロールするから楽しいんじゃないの?GOLFなんて高速道路に乗ったらハンドルにちょんと手を添えるだけでブレーキもアクセルも自動制御だよ?ハンドルでさえレーンキープで自動で動いちゃうよ?しかも人間が運転するより上手で自然なの。それなら新幹線に乗ったほうが疲れなくていいんじゃない?クルマなんてクラッチのつなぎ方が荒かったからガコッとしたね、とか、そういう人間の手足が鉄棒とワイヤーを介してタイヤまで物理的に直結しているようなところがいいんじゃないの?今のクルマって人間はコンピュータを起動させるのと監視する役目で、あとは全部コンピュータが走らせてる感じがするよ?つまんないよ?
どのみち、初代は燃費が悪いし、年式も古いし、選択肢には入らないが、2代目のコンバーチブル認定中古を保証期間で乗り倒すのはいいかもしれない。2代目のMTなら燃費も許容範囲であるし。コンバーチブルは横転事故になると頭がりんごみたいに路面ですりおろされて死ぬ、というが、めったなことでは横転もしないだろう。



CIVIC TYPE R
HONDA CIVIC TYPE R
オープンカーにしろ何にしろ、次はマニュアル車に乗りたい、というわけで、マニュアル車に乗ってみた。MTに最後に乗ったのは教習所だからホンダ・ドマーニ以来で、前世紀の遠い昔の話しである。
ホンダTYPE Rのことはよく知らず、あとで知ったことだが、乗用車ではなくかなりシリアスなレース仕様のクルマだそう。そう言われれば、トランクにでかいウイングが生えていたし、足回りが固くて路面ショックが強く、ジュースを飲みながら運転をすればぶちまけること必至、という具合であった。それとクロスレシオ。30kmくらいで4速に入れるのが自然、というクロスレシオであった。どうも、TYPE Rはタコメーターを6000とか8000の高回転に維持してサーキットを走るように設計されているようで、そのためのギア比である様子。
ポジションはイマイチ決まらない。クラッチが遠く、クラッチに合わせるとハンドルが近い。ハンドルに合わせるとクラッチが遠い。テレスコピックがついていたのかもしれないが、TYPE Rには微塵も興味が無いからポジションを合わせようという気もしなかった。
1時間強乗って5回くらいエンストをした。交差点で右折の際にエンストをするなど、冷や汗たらたらであった。それでもマニュアルも慣れれば普通に運転できるだろう。坂道発進は自信がなかったので坂道は避けた。カーシェアの駐車場が後ろ側が高く坂になっているので、バック駐車をした時はかなりもたもたした。クラッチ切ると坂で前進しちゃうし、半クラッチしてもなかなかバックで上っていかないしで冷や汗たらたらであった。
面倒だが、間違いなく、オートマより運転は楽しい。


FIAT 500
FIAT 500C TwinAir
人生一度きりなのだから、次はマニュアル車に乗りたい、ということでマニュアル設定のある車を調べていたところ、FIAT 500が浮上した。外見はヨダレがでるほど美しいが、そもそも「1箇所修理すると2箇所壊れて返ってくる」「雨漏りは当たり前。なぜなら雨が降っているのだから」とされるイタリア車なので論外と思っていた。しかし、それも昔の話で、今となっては普通の車で故障もしなくなった、という。するとヨダレ級の美しさのイタリアンデザインを味わえるのではないか?と。
日本の提灯記事や海外の提灯記事に共通して「いろいろと難があって割り切りが必要だが、とにかく乗っていて楽しいクルマだ」というのが500の評価である。
乗ったのはTwinair。875ccの2気筒ターボ。MTのTwinairだとGOLF7と同等以上の燃費となる様子。エンジン音というか排気音はクルマとバイクの中間ような音がしていた。高回転まで回しても一般的な自動車エンジンのように甲高い音がせず、何やら鈍重で太い「ずぼぼぼ、ばばばば、びーーん」という音で、新鮮。500Cなのでセミオープンというか、なんというか、Bピラー、Cピラーはそのまま存在して、天井とリアだけが幌でオープンになる。とはいえ、実際開いて走っても大した開放感はない。上を向いた時だけ空が見えるが、前を向いている限りはGOLFの窓を開けた状態と大差ない。助手席や後ろの人は前を向く必要がないから開放感があるかもしれない。乗り心地はチープな小型車でピョコタンである。GOLF7とは対極。
ポジションは出た。MTでも快適に運転できるだろう。ややハンドルが遠くあと1cm近ければベストだが、問題ない範囲。おそらくテレスコピックはつかない。
ステレオの音質は普通。良くもないが悪くもない。特徴もない。
MINIはプレミアムな小型車という位置づけだが、500はもう少し大衆的小型車で、あちこちがチープである。チープさが味だよね、と思えるチープさもあるが、いやこれはひどくチープだな、としか思えないところもあり、かなりの割り切りが必要である。インターネットに転がっている提灯記事では「味だよね」ではごまかしきれないチープさにはあえて触れていない感じ。何か知らないけど楽しい!という感覚もあるが、同時に、こりゃモノホンのチープさだよね…型落ち軽自動車思い出しちゃった…という感覚もある。ただ、このあたりをチープと感じてしまう感覚が単にドイツ脳というか日本脳なだけ、とも思う。
GOLF7は世界一を誇る科学力シュトロハイム説で、やりすぎという程に極限まで性能を引き出した精密精緻の極みであるが、それに比べるとFIAT 500はゆるゆるのガバガバである。細けえことは気にすんなよ?あちこちから安っぽい異音がガタガタするって?安っぽい共鳴音がうるさいって?グチグチ細かい野郎だな?あっ、さてはてめえ、日本人だろう?細けえこと気にしてると病気になっちまうぞ!そりゃ耳鳴りだよ、耳鳴り!という感じである。
マニュアル車に乗り換えるなら破産必至の上に扱いに気を使うポルシェでもなく、割高にもほどがあるMINIでもなく、気軽でかわいい500かな、と、500へ大きく心傾いてからの試乗であったが、実際に乗ってみるとそのチープさに戸惑っているところである。GOLF7を売って100万円か150万円の追金を払ってこのチープな500を買う、というのは厳しいなあ、そこまでの愛は持てないなあ、というような…。だが、マニュアル車候補の中では1番か2番だなあ、幌車の500Cじゃなくてハードトップに試乗してみたいなあ、というような…。

GOLF7
そのような試乗をして、GOLFに乗って家に帰るとき、GOLF7のできの良さを再確認(各種提灯記事の評判通り、同世代車では頭ふたつ抜けている)すると同時に、この車に乗るにはまだ若すぎたな、というような気がしている。いろいろなものに手を出しては失敗したり成功したり、背伸びをしたりケチってみたりして、老人になったら最後のクルマとしてもっともスタンダードなものを、R.シュトラウスの「4つの最後の歌」を聞きながら法定速度で走るためのクルマ、というような…。GOLFはすごろくでいうところの"上がり"であるなあ、と。すごろくを上がる前に、もう少し楽しみたいなあ、というような…。