12.06.2015

金閣寺へ行った

横浜
金閣寺
金閣寺
金閣寺
金閣寺
オペラ「金閣寺」を観に横浜へ行った。
  • 黛先生
  • ベルリンドイツオペラ?の委嘱作なのでドイツ語
  • 演奏機会に恵まれない。日本では2度目の上演だろうか?
  • おそらく、これを逃すと次は何十年後か、次はない
  • 安かった。C席で4000円強。公金がたっぷり入っているのだろうか
安いし良い機会だったので横浜まで行った。横浜は20年ぶりだろうか。山下公園やその周辺の街並みなどが大変にオシャレで、さすが横浜だな、埼玉はかなわないな、という思いを強くした。なにしろ普通のカップルが普通に街を歩いている。埼玉南部ではどう見ても商売かデリヘ(以下略)。

この演目を企画して実現した情熱は尊敬の一言なのだけれども、じゃあ、オペラ体験としてはどうか、といえばそれは微妙である。演出は真摯でスタンダートであるが、黛先生の作品自体に癖がある。まず、三島の原作を読んでいることが前提に思える。聴き手の中に三島・金閣寺のストーリー、登場人物の人格などの骨子がしっかりと打ち込まれていなければ、オペラだけを見ても物語としてさっぱりわけがわからないだろう。美しいと聞かされてきた金閣が、実際はうすぼけて、こぎたない古寺だったことに失望したが、浮世のいろいろなものを見聞きし、自分の不具をこじらせるうちに、金閣にこの上ない美しさを見出してついには燃やさねばならぬと思うに至る…というようなストーリーはオペラ単体では確認できない。鶴川、柏木、有為子なども登場人物というより記憶か妄想か幻想か思念か何かの断片として現れる、という感じである。

というわけで一般的なオペラというよりは断片的なポエティックなシーンの連続体と言ったほうが近い。断片化されているからこそだろうか、坊主の風俗通いや金閣炎上シーンなどは前後のつながりという足かせが無い分かえって力強く出色の出来である。

今の中年以降世代には"金閣寺"は基礎教養であり、三島のネットリした感覚も知っているから、断片詩の連続体でも成立するが、若い世代はまず読まないだろうから、まっさらな状態でオペラ「金閣寺」をみたらどう思うのか、という疑問はある。


それと観客の多くは神奈川県民だろうか、マナーが悪い。
  • モノがバタバタと落ちて落下音がホールに響き渡る。落下する可能性のあるモノはあらかじめ床に置いておくべき。
  • 飲食音がする。ボリボリとスナックを食べる音がする、スナックを袋から取り出す音がする、やっとスナックを食い終わったかと安心したら次のスナックを取り出すためにコンビニ袋からガサガサと取り出してまたボリボリと食いだす。そしてペチョペチョ、クチャクチャと口の音を出す。飴袋とかスナック袋とかコンビニ袋は音がするからやめてほしい。
  • 鞄なのか靴なのか財布なのか、マジックテープをバリバリさせている。上演中にバリバリさせなければならぬ急用でもあるのだろうか?
  • 座席から身を乗り出す。後ろの人が見えなくなる。

などと思ったが、飲食禁止だ、落下物は床に置け、身を乗り出すな、バリバリやめて!などのアナウンスはなかったからローカルルールとして許容されているのかもしれない。
だがこれまでに、「誰だよ!ビニールクチャクチャさせるのやめろ!」と上演中に苦情が飛ぶのを聞いたことがあるから、耳障りに思う人が多いらしい。
と、ネチネチ書いたのは、スナックを食っていたのが隣の女で腹が立ったからである。が欲しくなる。





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2 件のコメント:

  1. たまごあたま2015年12月6日 22:22

    ウーン、エイッエイッエイッ!出ました。

    C席なぞに座ってはいけないのです。
    鉈を買うお金でS席に座りましょう。

    だそうです。

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    1. なるほど…貧乏性でもっと客層のよい席を買うという発想が完全に抜け落ちてました…ゲフッ

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