12.16.2015

頼朝は鬼畜

新・平家物語
平家物語から新・平家物語へと続け、ようやく読み終えた。新・平家物語は本物と名前が似ているが古典ではなく吉川英治の長い小説。長いと言っても本当に長く、全16巻である。が、Kindle版だと1000円しないので、割安感が強い。
諸行無常、盛者必衰が通底しているので明るく元気でポジティブでアットホームで笑顔の絶えない物語ではない。平家の滅亡というよりどちらかといえば鎌倉・源氏の勃興を描く方が中心で、義経の鬼畜ぶりにげんなりしつつあるところに輪をかけて鬼畜の頼朝を描くわけであるからほとんど不快の域。「ヘイケ政治を許さない」とか何とか言って正義づらして滅ぼしたのにより一層非道・外道・畜生なレジームを築くというのが、実話だというのと、これらが平安・鎌倉期の特殊な出来事ではなく古今東西そのまま同じことを延々と繰り返して現在に至り、今後も繰り返していくことが目に見えているのが人類史だから、もともと薄かった人間というものに対する信頼が木っ端微塵になる。
「勝てば官軍」「この世はカネがすべて」「自分さえよければいい」「殺せば俺が正義になる」「この世は狂ってて俺が正しい。俺だけが正しい」というのが源氏である、というか、人類の特徴である。
司馬遼太郎による、そよ風のような、人間の理想像のような、悲運のヒーロー「義経」像も木っ端微塵である。「勝てば官軍」「どんな手をつかおうが…………最終的に…勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」というただの鬼畜である。読み進めながら「義経はさっさとくたばってほしい」と思わざるを得なかった。さらに頼朝はさすが義経のお兄ちゃんである。鬼畜義経も震え上がる畜生である。鬼畜の親玉みたいなハナクソぶり。これから誰かの悪口を言う場合はヒトラーやスターリンになぞらえるかわりに頼朝を使いたい。そう思わせてくれるハナクソである。*例:トムにあんなひどい仕打ちをするなんて、ボブはまるでヨリトモだ。
唯一、まともに見える人物として阿部麻鳥という町医者がいるが、悲しいかな、この人物は吉川英治の完全創作人物である様子。吉川英治も戦争と戦後の混乱期をその目でみて、麻鳥という人物に希望を託したのだろうけれども、残念だがそれも木っ端微塵である。





新・平家物語を読みえ終えた後、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を読んだ。こちらはAmazonのレビュー通りの傑作。安価であるし、読みやすいし、ノンフィクションとしても物語としても面白い(YouTubeでこの再会旅行を取材した?番組が見られる)






プラットフォーム
そしてようやくウエルベック先生の「プラットフォーム」を読み始めるに至った。むふふ…。



手紙には、いつもさらりとクールな文面のヤースナには珍しく、「寂しい」とか「マリのいない学校はつまらない」とかいう泣き言が書かれてあった。心に引っかかりながら、時間というよりも心の余裕がなかったせいで、私は葉書に四行ほどおざなりな慰め言葉を書き殴って投函した。このことは、いま思い返しても、身体中の血液がざわめき胸の中を砂嵐が吹きすさぶような焦燥感にとらわれる。それからは、ヤースナからの手紙がピタリと来なくなった。―――嘘つきアーニャの真っ赤な真実―――




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