7.12.2015

オープンの方へ…

東京へ…
心の痛みを取り除くためオキシコドンを密輸するか、もっと直接的に、上野のイラン人からヘロインを買ってくるか、閉鎖病棟のベッドの上で暴れて看守に殴り殺されるしか、この先生きのこ る方法はないな、と思うくらいには視野狭窄となった頃にイケメン会の懇親会が行われた。会員たちの人間味に触れ、心温まり、食べ、飲み、そして会が終わり、会員Cと別れ、会員Yと駅まで歩いた。「むすこがとてもかわいい、自分に似ていてとてもかわいい」というような、中年独身男性の心の底をえぐり取るようなことをナチュラルに連発するのを聞きながら。店員や仕事関連を除いた人様と話したのは半年ぶりだったな、閉鎖された関係性に閉じこもっていると視野が狭くなるな、認知が歪むな、感覚がずれるな、と思いながら。久しぶりに話したな、少し話すと喉が痛くなるな、普段声なんて出さないからな、終わったそばからもう会が懐かしいな…と思いながら。
会員Yとも別れ、さいたまへ帰った。起きたら会社へ行き、苦痛で泣き出す一歩手前で会社を出て、家にたどりついたら既に寝る時間、慌てて布団に入ってはストレスと苦痛で眠れず、うとうとし始めたところで朝、という毎日のことを思いながら…。気晴らし1泊旅行をする時間も取れずに埼玉南部にへばりついていないといけない、離れてはいけない、常に連絡がとれなければいけない、常に駆けつけられなければいけない、電話が鳴れば直ちに取らなくてはいけない、いやむしろ、電話が鳴るだろう直前にそれを察知してこちらから電話をしなければならない、という毎日がこれからも続くことを思いながら…。
そのような懇親会を終え、さいたまへ帰った翌日のことであるが、FIAT500MINI CONVERTIBLEに乗りに行った。
安全で高性能高品質ながらマジメ過ぎて退屈なGOLF7に乗り続けるより、多少危険でも楽しい車に乗った方が良いのではないか、まだGOLFを買ったばかりでそうポンポン買い換えられないよ、と言ってこの先何年か退屈な思いをするより、楽しいほうがいいのじゃないか、明日ダンプに挽き肉にされてしまうかもしれないのだし…。それならば、小さいエンジンを回せるような、ちょこちょこと動けるような、サルーン風じゃなくてドタバタとしたような小さな車が―今も昔もLUPOが好き。GTA5ではカネはうなるほど持っているがISSIPANTOに好んで乗っている―いいのじゃないか、中年男性には車くらいしか残されていないのだし…ドタバタした小型車でもMINIじゃドイツ車らしい生真面目さがおもしろくないな、やっぱりゆるゆるガバガバのイタリア車が愛着をもてそうで良いな、ということからFIAT500のマニュアルミッションに9割方は心が決まっていて、ほとんど買う気マンマンでディーラーへ行き、再度の試乗をし、見積を出してもらった。やはりTWINAIR独特の「ずぼぼぼ」という音が心地よく、少し踏み込むと内装やらボディが共鳴してガタガタ言う安っぽさが心地よく、余分な電子装備がごちゃごちゃついていなくてサッパリしていて良い車であったが、ポジションがワゴンR風にアップライトであまり好きでないな、とも思った。
また、GOLFを売っても150万円くらいの追金が必要となることにどうも釈然としないものがある。いかにゆるゆるのガバガバのイタリア車とは言え、セグメント落ちもそうだし、装備もそうだし、そもそも設計年代としても相当にランク落ち感がある。追金をたっぷり払ってのこの都落ち感も納得がいかないな、それでもマニュアル車に乗りたいな、バカがチョンとアクセルを踏んでも乗れてしまうオートマも退屈だな、というアクセルとブレーキを同時に踏まざるを得ないような気持ちであった。
東京…
カチッとして値段による階級分けがはっきりしているドイツ車文化よりももっと自由でゆるゆるのガバガバなラテンな方がいいな、という出発点があって、心はやはり9割方500であったが、会員Cが4台オープンカーに乗り継いだ、という情報に接し、4台乗り継ぐからにはそれ相応の理由があるのだろうから一応私も実際にオープンを確かめてみなければなるまい、この間FIAT 500のセミオープンに乗った限りでは屋根が開くことに魅力がなかったが、あれはセミオープンであってオープンではない、ホンモノのオープンとニセモノのセミオープンの区別もつかないお前の目は節穴か、節穴だから独身なのか、君はこれからも節穴独身を続けるつもりなのか、人生やり直せたとしてももう一度自信をもって独身節穴モノ知らず人生をやり直すつもりか、という会員の言葉もあり、とにかくネット漁りで得る情報だけではなく実際にホンモノのオープンを体験せねばなるまいて、と、MINI CONVERTIBLE(カーシェア)に乗りに東京へ行ったのだった…(つづく)





2 件のコメント:

  1. たまごあたま2015年7月13日 13:00

    「所有することが豊かなのではなく、体験することが豊かなのだ」

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