3.28.2015

クルマ


愚痴ったとたんにアップデートが来てバグが解消された。そしてストーリーを決着させる終盤の、総決算と呼ぶべき長くて激しいミッションをこなし、ようやくGTA5をクリアした。長かった…。
さすが超大作、コンペにコンペ、オーディションにオーディションを重ねているのだろう、脚本のクオリティが高い。登場人物に深みがあって、世相や人間の本質がえぐりだされていて、ストーリーも手堅い(どこかの極東国のTVドラマの、薄っぺらな登場人物、岩波新書を劣化コピーしたようなとってつけた批判精神、穴だらけと文句をつける気も起きないほどガタガタガバガバのストーリーに対しての間接的悪口というわけではない。ましてや「花燃ゆ」の悪口でもない)。長い物語が終わってしまって寂しいような、Los Santosの街を離れてしまうのが寂しいような、達成感解放感があるような、複雑な心境である。狩猟だのテニスだのゴルフだのスカイダイビングだの登山だのトライアスロンだのヨガだのクルマ改造だの武装だのと、手をつけていない分野がいくらでもあるし、都市から山地、郊外まで広大なオープンワールドも地理を覚えないのはもちろん、まだ足を踏み入れてないところさえある状態だが、終わってしまった。もう少しLos Santosに居たい気もして、どちらかと言うと、解放感より寂寥が強い。


2015-03-26
GTAをやっているとアメリカ人の自動車への異常な愛情をひしひしと感じる、と同時に、こちらもその異常な愛情に感化されて、やたらとクルマに乗りたくなる。アメリカ人にとっての自動車は、失われた、あるいは現世で達成されなかった男性性を代理解消させる象徴、または「トミーの野郎がよ、ハッパやりすぎたんだろう、奥さんと間違えてアナグマとf**kしやがって!ほとんどうちの裏庭だぜ?うるさくて頭痛がするぜ、野郎にアスピリン代を請求しなけりゃな、HAHAHA !!」という意味不明なアメリカン・コミュニケーションを吐く、あのアメリカ人の異常な陽気さの裏にへばりついた心暗さを覆い隠す―心暗いからこそ異常な陽気さを装わなければならない?―ための必須アイテムなのだろうか?
というわけで、感化されたぼくちゃんはカーシェアリングでBMW MINIに乗ってまいりましたよ…。MINIに乗ってみたかったのですよ…。
2015-03-26
自転車民ならひと目で分かる上江橋を通りましたよ…。遠くに富士山が見えましたよ…。これから夏ですね…。夏の間は富士山は見えなくなるのでしょうね…。
2015-03-26
見た目が好きなのでMINIに乗ってみたいと思いながらも、このような趣味性の強いクルマは所有することはないだろう、と思いつつ…。
外見を見ているときはいいなと思うものの、実際に乗ってしまうと内装以外はマーチとの違いはわからない。ゴーカートみたい、車高が低い、アイポイントが低い、という特徴があると聞いていたが、乗ってみるとそれらの要素は一切感じなかった。MINIはマーチと同じ大きさでマーチ2台、3台分の値段である。エンジン音などもガーガーとうるさく―うるさいのではなくて、あえて音を殺さずサウンドとして聞かせているらしいが―、快適なクルマではないので、想像していた以上に趣味性の高いクルマだな、これは愛が無ければ乗れないが、乗れるだけの愛があればそれだけで幸福なことだ、と思った。愛されるよりも愛すほうが幸福度はずっと高い。そういう愛が持てず、無難でスタンダードで快適な大衆車に乗っている身からすると、うらやましいような、やっぱりガーガーうるさいのはいやだな、というような。
2015-03-26
カーシェアでは給油すると、レンタル代がいくらか割引される。割引を狙って給油したが、ガソリンを入れるのに手間取って―給油フタを開ける方法がわからなかった。給油フタはドアロックと連動していた―、返却期限を3分オーバーしてしまった。時間超過分のレンタル料に、延滞ペナルティが加わってしまった。ガソリンを入れずにそのまま返却したほうが安くつく結果となった。薄くなっていく給料袋、無能ゆえに転職再就職不可、無職まっしぐらな現状から考えると…つらい…。






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