1.03.2015

野底マーペーに登った

2015-01-02
おそらく野底幼稚園・小学校。野底は小さい。こんなに大きな小学校はいらないような気もするが…。ニョキっとなっているのがマーペー
2015-01-03
登山道はマーペー西側(1時間コース)と東側(15分コース)のふたつ。今回は東側から。駐車スペースはあるにはある。西側スペースは1台か多くて2台だろうか。ゆとりはない。
2015-01-03
登山道。植物をかき分けて行く感じ。枝が刺さったりして危ないので長袖長ズボン・アイウェア推奨
2015-01-03
眺望は石垣島で一番だよ説がある。確かに絶景である。北東に向かうほど石垣島は開発度が低くなる
2015-01-03
朝日がまぶしく美しい
2015-01-03
頂上から南方を見ると黒島方面は高い山で遮られていて見えない。マーペーが見た景色だろうか。
野底マーペーに登った。野底とは地名で、マーペーとは18世紀の女の名前である。18世紀、薩摩にいじめられていて上納金を要求されていた琉球王国は、上納するカネに困っていた。辺境の島であった八重山諸島・石垣島を開拓させてそこからカネをふんだくって薩摩への上納金にしよう、そう琉球政府は考えた。開拓するには労働力が要る。琉球から見れば辺境である石垣島から、さらに辺境である八重山諸島・黒島は島の大きさからすると人口が多かった。そこに目をつけた琉球政府は、人がたくさんいた黒島から石垣島・野底へ開拓労働力として多くの人を強制連行した。こっから右のお前らは強制移住だ船に乗れ、こっから左の君たちは黒島に残留ね、というようないい加減な人選であった。その強制移住組にいた女がマーペーである。マーペーにはカニムイというカンパニョーロのホイールみたいな名前をした恋人がいたが、彼は残留組であったことから、マーペーとカニムイははなればなれとなってしまった。石垣・野底へ強制移住させられたマーペーは悲嘆に暮れ、カニムイに会いたい、せめて黒島の姿だけでもみたい、と、しくしく泣いてすごし、ぐったりとしていた。せめて黒島だけでも見たい、と、ある日マーペーは野底にある山へ登り、黒島の方を見た。しかし、なんとか山という石垣島で一番高い山によって黒島方向の視界は遮られていた。失望のあまり、マーペーは岩になった、という美しい民話であるところの野底マーペーに登ったのだった。俺が薩摩に払うカネはお前が作れといういじめの玉突き事故のような辺境史から生まれた美しい民話である。


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