1.24.2015

取り残された感覚


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Run60min
体調不良を一旦断ち切るべく―セオリーであるところの「健康に影響のない範囲で軽めに運動をして様子見」をしてもそれは実際には「健康に影響のない範囲」ではなく「健康に影響のない範囲」と自分が思いたい、という、願望に基づいた解釈でしかなく、実のところ健康に影響していた。定量的に判断できないものを体感や経験を根拠に自己判断すると、それは判断ではなく、願望にすぎない、願望と現実は逆である、という一般論をそのまま再現している―運動量を減らしていて、週に2時間程度にまで減らした。健康維持にはちょうどよいくらいだろうが、トライアスロンを、などと言えば、もはや寝言でしかない。キロ6ジョグでも足のあちこちに違和感が出て、走る足ではなくなってきているが、トレーニングによって進行した身体的な強化状況が、運動量低下で劣化しても再強化にはそれほど多大な努力は必要ないから、今は劣化させても休養をすべき時である。
人様の様子を見れば、着々とタイムを上げていたり、充実した生活でみなぎっている。その様子を見れば、取り残された感覚はある。



2015-01-23
サッカーを見るなどをしている。まだトライアスロン人生を悲観している段階で、幸福度を上げるために次のステップへ進むための機が熟していない。なにかをする、なにかを諦めるには、自分が気合と根性とポジティブ・シンキングで「おりゃっ」と頑張るのではなく、「それ」が胸のうちにやってきてくるのを待たねばならない。
2015-01-18
それを待つ間は何もすることがないのでサッカーを見る、擦り切れるくらいに―アナログテープからディスク、ディスクからデータになりもはや擦り切れることはないのだが―見飽きたポルノビデオを見る、デジタルカメラのピントチェックなどをしている。ピントチェックをしても被写体はなく、ポルノビデオは次に何が起こるのか、女優がどのような表情をするのか、男優がどのような声を上げるのか、カメラがどこを写すのかが自明であり、アギーレ監督は賭博の咎でクビになると言われ、日本代表はPK戦で負けた。何事にも関心が薄くなっているというよりも、何事も味気なく感じるというよりも、関心を持とう、味わおう、というスタンスが自分から失われつつあるのを感じている。








面白い時期もあったが、それだっていつも困難に満ち、力を振り絞って得た結果にすぎなかった。労せずして与えられたように思えたものなど何ひとつなかった。もうこれ以上は沢山なんです。望むのはただ、一切があまり苦しみなしに、病気で暮らしに支障が出たり、不具になったりせずに終わることです―――地図と領土―――




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2 件のコメント:

  1. 本当に「地図と領土」にこの文章があるのですか?これってまさに自分にあてはまる…。どうもそういう星の下に生まれたようで宝くじが当たって億万長者にはならないらしい。芸能人やらスポーツ選手になって有名になることも無い。四柱推命によると地道に努力を続ければそれなりの人生が歩めるらしい。現在一番の難問は「老後の生活」ですわwww

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    1. 私、もうこれ以上は沢山なので、お金があれば静かに隠居したいです…。お金がありませんが…。

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