11.21.2014

経験的学習

NOKTON Classic 35mm f1.4
NOKTON Classic 35mm F1.4   ゴースト付き
ゲームソフトを買ってもゲームをする時間がないし、TV画面の中でガチャガチャと銃を撃ったり剣を振り回す中年独身男性、という絵面に年齢的に耐えれらない。ソフトを買っても最後までやらずに放置することがほとんどになり、買うだけ無駄である、今後はもっとゲームから遠ざかるだろうと経験的に気づいてきて、最近ではもうソフトを買うのをやめた。積み残されたものを消化したらそれで人生からゲームはほとんど消え、スマートホンでGrand Theft Autoを細々といじるくらいになるだろう。
NOKTON Classic F1.4
NOKTON Classic F1.4 ゴースト?フレア?
ニコニコして買っては使わずにぐったりする、という経験的な学習を、自転車パーツやトレーニング用品購入には適用できている。自転車ウェアやらランウェアはもう1年くらいは買っていない。靴も買っていない。自転車パーツも買っていない。それでも予備と称したものが余っている。

これをカメラ関係に活かしたい…。カメラのことになると頭のネジが緩みがちで…つらい…。


NOKTON Classic 35mm f1.4
NOKTON Classic 35mm F1.4 絞り開放 順光だとClassicの良い面が出るが、逆光や点光源になると…参考記事
カメラ吐血を繰り返してわかってきたこと。
  1. 旅行や観光くらいしか被写体がない。日常的な被写体がない。犬、猫、美人妻、子供の成長等の日常の被写体がない。
  2. 今後も犬も猫も美人妻も家庭も持てないだろうこと。
  3. 観光や旅行の記録の意味合いが強く、写真(動画)そのものが目的となるほどの趣味ではない。
  4. テーマを決めて写真を撮る、動画を撮る、ということに情熱を見いだせない。旅行や観光で撮るのは楽しい。旅行でも観光でもないのに街へ繰り出して撮るほどの写欲は、多分ない。
  5. 写真(動画)はレンズ。ついでセンサーサイズ。
  6. 被写界深度の浅い画を好むこと。
  7. 動物、戦闘機、鉄道などの動体は撮らないので、ハイアマチュア一眼レフのようなメカ性能は要らない。
  8. 重くてでかくて高性能な機材は使わないまま処分してきていること。吐血。
  9. 等倍表示をしてモニタに目を近づけて細部が解像していることにニタニタすることに飽きた。解像に興味が無くなった。
  10. 細部を拡大したり、目をモニタ近づけて細かいチェックを入れ、減点方式で採点するのじゃなく、パッと見た感じの印象が重要。減点方式だと赤点留年間違いなしのNOKTON Classicのような画が好き。
  11. 中庸を旨としたい。Canonピクチャースタイルで言えばスタンダードやニュートラルのJPGを基本とすべき。変な色をつけてフィルムルックだとか、アーティスティックだ、というのはうんざり。
  12. これらを総合して勘案するとAPS-Cミラーレスが落とし所。EOS M万歳。
  13. あちこちに手を出すのではなくEOS Mシステムを充実させるとよい結果が得られるだろう。
  14. 動画についても、EOS MにDaVinci Resolveが最もよい結果が得られるだろうが、動画を作るためだけに撮影に出かける写欲はないように思う…。
  15. BMPCCはその程度の写欲の持ち主では扱いきれぬものである。
  16. カメラ機材を買っても撮るものがないのだから、買う価値がない。収集癖は捨てるべきである。

いきなりちゃぶ台をひっくり返すがSIGMAの85mmが欲しいし、EOS M2のダブルズームキットをボディ追加と望遠レンズ目的で買ってしまう予感がしているが、使いもしないのに買ってしまう悪癖がもう恥ずかしくてインターネットには買った買ったと書かないと思う。使わぬものを買ってきては悄然として、業の深さにひっそりと涙するだろう。




Swim2600m
ローラーかプールか悩んでプール。ジムに行けばタダで風呂に入れる。
  • アップ500m
  • ドリル100m,キック300m
  • パドル&プルブイ100m2:00サークル×6
  • 100m2:00サークル×6(プルブイとノーマルを交互)
  • ダウン等500m
メインセットはパドル&プルブイで12本の予定だったけれども、調子が悪いのか、タイムが悪く6本で中止。調子の悪さは腕立てふせのダメージが原因だと思う。
泳いだ距離だけは全盛期並みに戻せた。




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2 件のコメント:

  1. 何か書こうと思うのですが、すでに申しあげたことで
    たぶんイケメンさんも「そんなことはわかっている」と
    思われるだろうから、知ったような顔をしてカキコするのもいやらしい。

    自分が犯してしまった過ちを他人が犯しているのを放っておくのも
    イカンではないかと偽善者の顔がムクムクとわいてくるのだが
    それ自体が自分の優位性を主張するようで自己嫌悪に陥る。

    それでもうざいオヤジの戯言だと聞き流してもらいたいのですが
    写真も映像も技術に走るとキリが無い。
    技術を磨いて編集とか、プリント職人になるのならまだしも
    作家性をうんぬんすうのであれば、
    まずは何故撮るのか?
    自分は撮らずにいられないのか?
    を自分に問いかけたほうがよいのではないでしょうか。

    ここ数日のブログを読むと
    その辺は薄々気付かれたようだと感じますが
    まだ機材を集めることにお金を使うのであれば
    考え直された方がよろしいかと思います。

    フィルムで写真を撮っていた時代、シャッターを押す瞬間とても緊張しました。
    現像が上がってきた時の喜びと失望。
    35ミリのフィルムから引き伸ばした写真の落差。
    デジタルになって一枚の写真を撮ることに緊張しなくなったとは思いませんか?
    フィルムを知らない世代だったらごめんなさい。
    でもイケメンさんに必要なのはそんなところじゃないでしょうかねぇ。

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  2. うっうっ(;_;)Akira先生のお胸に飛び込んでスリスリして泣きたいです…。

    デジタルなんで機材を買ってしまえばあとはタダ的な発想になりがちですが、買ってしまうことに問題がありますよね…。

    散歩に出かければ多少は写真も撮りますが、何を撮りたいのかと言われますとわかりません。もちろん猫がいれば猫撮りたいですけどね(笑)
    「都市生活の孤独」とか「忘れ去られたモノ」とか「打ち捨てられたモノ」みたいなのを撮りたいと思うのですけれども、文学的なイメージはわいても具体的な映像イメージはあまりわかないです…。

    それと写欲が湧く瞬間もあるのですが、それが本物の写欲なのか、生活上の欲求不満が根っこにあるのか判別が付きにくく…。それが本物の写欲じゃないなら写真よりゴルフ打ちっ放しの方がいいんじゃないか、とか…。

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