3.06.2014

Die Soldatenを買いましたよ!


Die Soldaten(邦題:兵士たち or 軍人たち)を見た。星4.8つ。
映像は2012年ザルツブルク音楽祭のもの。ザルツブルク音楽祭のもの!と強調したいのは、この作品を巡っていろいろなストーリーがあるからで…。

第一に、作品自体が技術的に演奏困難であること。変拍子だとか、一般演奏イディオムから逸脱してるとか、巨大編成だとか、別編成だとか、引用音楽だとか、ジャズバンドだとか、電子音だとか、映像上映だとか、複雑極まるこれらを全部まとめて統一させなければならない等、ともかくエリートプロ集団であっても超絶難易度。
第二に、作曲家ツィンマーマン(Wikipediaリンク)の世間的な評価が低かったこと。この人の時代は既に音楽史がひと段落し、音楽が芸術としてきちんと評価され、芸術音楽家が芸術音楽家として評価される時代になり、前衛音楽の嵐が吹き荒れている時代である。その中でツィンマーマンの語法が前衛手法と旧世界の手法を混ぜたようなものだったので、罵倒され、笑われ、理解されないままピストルによる悲しい最期を迎えた。

第一の理由から演奏をするには膨大な練習時間と超絶予算が必要である。第二のように音楽界主流派に罵倒されているのにそんなリソースを使えない、使う価値はない、というわけで、どうにか初演こそされたものの、それ以降は…。ツィンマーマンは音楽史からは消えていったが…。
ツィンマーマンのピストルによる悲しい最期からしばらく経って、前衛も行き詰まったころ、音楽史で脚光を浴びたのが多様式主義というものである。それは前衛手法と旧世界の手法をまぜこぜにしたものだった。前衛でありつつ、旧世界の音楽らしさもありつつ、閉塞した世界だったこともあり、これがもう脚光を浴びて浴びてしょうがない状態で、大流行した。竹下通りでは朝から晩まで多様式主義の音楽が鳴っていた。流行に敏感なタケヤリ族だかツチノコ族がクレープ片手に「おっ!おねえさん!こっちで一緒にシュニトケのテープ聞かない?バリかっこいいぜ?!」などと原宿でナンパした。多様式主義の寵児シュニトケなどと言ったら当時はもうナウいヤングに大人気で、ひと声かけたらおねえさんが2人引っ掛かったという伝説もあるくらいで、連れ込み宿が大変繁盛、大行列した。今の30歳や40歳の人は全員この連れ込み宿でつくられた。今ここに生あるのも全部多様式主義のおかげだ、という過ぎ去った昭和が懐かしく思い出されるエピソードである。

多様式主義が大流行した。しかし、いま思えば、流行の蚊帳の外にあったツィンマーマン先生の音楽は…まさしく…多様式で…実は時代を先取り…していたのではないか…あのお方は…早すぎたのではないか…という再評価の機運が出てきたのがここ10年20年のことで…。
ツィンマーマンの時代には主流であり前衛であり旧世界からの解放であり新しい音楽であった「前衛音楽」も、今になって振り返るとずいぶんと硬直して形式主義ばっているように見える。自由に見えたロックンロールがいつのまにか格式にこだわったり説教くさくなったり権威主義的になっていったように。




ツィンマーマン 軍人たち 新国立劇場 2008
2008年5月、この演奏至難の大作も、絶対にこれを演奏せねばならぬという芸術監督・若杉弘の執念で、ついには日本でも演奏された(演奏困難であるから、いろいろとミスはあったらしい。演奏の質について一部の玄人筋には酷評されている。しかし、もともとの音楽が前衛の一派なので素人にミスが分かるはずもなく…)。これはヨーロッパでも"ニュース"になったようだ。私もこの公演を新国立劇場で観て、その素晴らしさに圧倒され、文字通り腰を抜かし、終演後しばらく立てなかった。この公演が今まで体験したコンサートの中でベストと言いきれるし、おそらくこの先もこれ以上の体験はないだろう。これ以上は、薬物によるトリップ音楽体験が要るだろう。


そして冒頭の通り、ついには2012ザルツブルク音楽祭の目玉としてDie Soldatenが上演された!というわけで…。ついにはザルツブルクですよ、というわけで…。ついにはウィーンフィルですよ、というわけで…。そしてその映像が手に入りましたよ、というわけで…。

ツィンマーマン先生…いかがお過ごしですか…?





というのが、Die Soldatenという作品を巡るストーリーであって、作品そのものはどういう性質かというとオペラである。
「人間」なんて文明の皮を一枚剥ぐと暴力と欲望のケダモノだよね、「人間」のフリをしたケダモノだよね、などという身も蓋もないコンセプトのもと、ある町娘がケダモノどもに次々に暴虐されていくさまが奇音、怪音、騒音の豪華詰め合わせで紡がれる大変美しい破滅劇である。もちろん、この町娘という存在は、一人の、個別の、ある娘、という限定されたものでないことは明らかで、娘は私たちであり、娘が暴虐にさらされているのをニタニタ傍観しているのも私たちであり、昨日も、今日も、明日も私たちは私たちであり続けるよね、それでも朝になればしれっと「人間」の皮をかぶって京浜東北線に乗れるよね、「おはようございます」なんて爽やかにあいさつもできるよね、という…。
一般的には前衛音楽の一派ではある。当時の前衛主流派からは嘲笑されていたが、今となってはその前衛主流派は衒学的すぎたのじゃないか、ツィンマーマンの手法の方が引き出しが多くて柔軟性があって鑑賞に適しているのではないか、と思われて。もっとも、鑑賞されるためではないよ衒学するために衒学するのだよ的音楽というものもあるから、鑑賞の適不適という評価軸も当てにはならないが。
ともかく前衛音楽の中では鑑賞しやすい。そして、ドラマ的な展開に沿った音楽にはしてある、というか、ドラマ的展開を大いに盛り上げるようなパワフルな音楽付けがされている。つまり、表面的には前衛手法を使っているものの、ストーリーテリングやその演出という本質部分は娯楽的普遍的な手法で、聴き手の感情を動かすものである。それゆえにトーン・クラスターでも心地よい。普段なら不快な響きであっても、使うべきところ、使うべき展開で使えばトーン・クラスターも美しい。少なくともどこぞの音楽ように鑑賞されることを拒否しているとしか思えないものではない。断じて違う。

本当なら20世紀オペラで一番の出来と言いたいところだが、20世紀オペラ界にはAlban Berg大先生が鎮座しWozzeckLULUという20世紀の二大オペラを作っていて…ランスが7連覇━━取り消しだが━━したりカンチェラーラがパリ・ルーべで超絶独走をしても、エディ・メルクスには及ばないよね、的な。




DIE SOLDATEN
ディスクについて
そしてこのディスク(ブルーレイ版もある)。ウィーンフィル、すなわち最高峰。演出も適度にモダンであり適度に分かりやすく、さらには絢爛豪華。巨大セットや本物の馬が出てくる。さすがザルツブルク音楽祭。フェルゼンライトシューレを生かした演出もこの上なくハマっている。一部で不快な性表現━この不快さがまた魅力━があるので子供の鑑賞には向かない。(ちなみに2008年の日本初演の演出は分かりやすいというより「斬新」で「刺激的」な感じだった)
近年ではオペラ演出は予算の都合で簡素・小規模・安物の傾向があって、その低予算を「シンボリック」とか「抽象演出」とか「ミニマリズム」と強弁してごまかしているが、ザルツブルク音楽祭ともなると大プロジェクト予算で豪華な演出もできる。さすがである。
終幕のクライマクスシーンでは軍靴のコラージュ・テープ音楽が流されず、代わりにシンプルながらパワフルな太鼓連打となっていた。録音、録画状態もよく、Die Soldatenの決定盤である!というか他に選択肢はほとんどないが。
星4.8つと満点でないのは、日本語字幕がないから。オペラは映画ほど字幕が重要でなく、あらすじを予習しておけば英語字幕でもどうにかなるが、やはり日本語があった方がいいには違いない。




評価されず失意のまま世を去ったが後に再評価される音楽家と、存命中に評価されニコニコして世を去ったが忘れ去られていく音楽家と、どちらが幸福なのだろう?


ツィンマーマン先生…いかがお過ごしですか…?





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