6.30.2013

夢から日常へ━━渾身の空振り━━

2013-06-30
朝。布団に転がりながらネチョネチョとiPadをいじってAmazonチラシの集計を見た。渾身の記事は、ほぼ空振りに終わった。集計は29日分━記事UPから24時まで、実質的には数時間━である。まだ希望はある…。ある…。
TVでは現実が垂れ流されていた。次の選挙では圧勝するだろう自由和民党の笑顔が、まぶしかった。

2013-06-30
レースで痛めた右膝皿は、日常生活では全く通常になった。消炎注射が効いたのか、一時的な関節炎だったのか、ともかく重度の膝故障ではなかった様子。足は内側、前側、外側、裏側、全部をストレッチしてほぐして緊張を取ることが大切である、皿はぐりぐりと動かしてほぐすことが大切である、と医師が言ったからそうしている。
レース直後には何でもなかった足爪が、今になって黒くなってきている。人差し指は前からだが、親指がジワリと。半年か1年かけて爪がもろくなり、剥がれるだろう…。
2009年末から続けてきたロングへの道も終わった。次のレース予定はない。しばらく休んで数年の疲労とダメージをリセットしたい。




S110が欲しくて、猫がかわいくて、犬がかわいい。犬猫動画をずっと見ている。かわいい。




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6.29.2013

トライアスロン完走に必要な7つのこと━バラモンキングおまけ━


私ほどの節度ある人間ともなれば、チラシを貼らずにレース記事を書くことができた。しかしチラシを貼らないのはなんとなく落ち着かないから、今日は貼る。ロング完走をして天狗になっている今しかこういう記事は書けないだろうから。


1 まず「ランナーのメンタルトレーニング」である。この本はマラソンの本であってトライアスロンではないものの持久系スポーツをするなら必読。細かい練習メニューなどは書いてないが、心構え、取り組み方について非常に滋味に富む。

練習量が少なくて失敗するよりも、やりすぎで失敗する方が多い

この「心構え」というのが大切で、分かってはいるけれどもなかなか実現できないことをクドクドと繰り返し語りかけてくれる。いろんなランナー(つらい現実、選手としての死など)を見てきたからこそのクドクド。名著。表紙は本当にダサい。




2 次にスイム関連。プルブイはこちらが参考記事。ひょうたん型より板型がオススメ。スイムは体力でも筋力でもなく、技術。人それぞれではあるが「漫然とロング泳」は効果的とはいえない。私はスイムが速くないが遅くもない。子供のころに水泳を体験せず30代になってから始めたが「遅くはない」レベルにはなった。パドルや足ヒレはプールによって使用不可かもしれないが、プルブイはどこでも使えるだろう。技術養成に必携。同様に高橋教授のクロール本&DVD(特にDVDがよい)も必携。パドルは慣れるまでは小型がオススメ。
道具がないと鍛えづらい呼吸筋にはPowerBreatheを。鍛えれば呼吸効率、ガス交換率がよくなるのは間違いないが、どのくらいタイム短縮効果があるかは不明。少なくともマイナスではないが。短時間でガスを吐き出し、吸い込むことができるようになるので、スイムのブレス失敗率は下がるはず。「できることは全部やっておく」べきと考えるならマストアイテム。





3 自転車関連は楕円リング、ROTOR Q-Ringsを。こちらが参考記事。敏感でなければ効果は体感できないが、トライアスロン界ではメジャー。実験をすれば数値的に表れるくらいに効率がよいから支持されているのだろう。変速性能も良好。少しでも効率よく回して筋肉の消耗を抑えると、バイクパートだけでなくラン全体に影響するだろうから。
他には軽量化全般。軽いは正義。安全に問題のない範囲での軽量パーツはできるだけ。Bora Oneみたいなディープリムは、Ave30kmそこそこの能力なら空力というより軽量パーツとコスプレとしての意味が大きい。カーボンリムでは雨の下りでブレーキが効かずに怖いものだが、SwissStop Black Princeなら「よく効く」わけじゃないが「全然効かない」わけでもない。バラモンキングはやはり雨だったがブレーキで怖い思いをすることはなかった(ここは人によってブレーキングポイントが違うから何とも言えないが)
シーラントも。シーラントを入れれば当然重くなるから「いちかばちか」のカリカリ極限決戦用ではなくなるが、パンク対策に。「シーラントで防げるパンク」が起きた際、パンク修理をせずに—おそらく気づくことさえなく—そのままレース続行できる。
液をバルブから入れる際はダイソーで売ってる化粧液移し替え用具(注射器のような形状)がオススメ。





4 コンプレッションのハイソックス。またはカーフガード。これも効果は体感できないが、トライアスロン界ではメジャー。圧迫で血流が促されて代謝が云々。値段が高いので普段使いはしづらいが、たまのロング走などにも。トランジション時に若干時間がかかるが、素早い履き方というのがあって、それを知っていればかなり短縮できる。YouTube参照。








5 靴のゴム紐。これは人によっての好みがかなり大きい。
ヒモを結ぶ必要がなく、スポッと靴を履けるからトランジションではかなりの短縮になる。フォームや足の形によっては下りでは靴の中で足が動く可能性もあるので絶対によいとまでは言えないが、試す価値はある。ほどける可能性が低いこと、テンションが変わらないこと━普通のヒモなら結ぶたびにテンションが変わる━もメリット。
普段履きやジョグシューズには最高。ジムなどでスポッと脱いだり履いたりできるのは楽チン。一度慣れると普通のヒモには戻れない。






6 遠征は予定通りにはいかない。天候や欠航など。チケット待ちの列に並んだり不測の事態に備えてiPhone等にモバイルバッテリーがいる。今回は持っていかなかったからバッテリー切れでやや困った。暇つぶし、というだけでなく、情報を得る手段であるから。cheeroのバッテリーがひとつあれば、iPhoneを3回4回フル充電できる。
また、遠征時にはストレスを減らすこと、疲れをとることが重要。ホテルの上の階から流れてくるトイレの排水やら風呂の音などで眠りが浅くなる。遮音の耳栓がよい。人によっては目覚ましに気づかなくなるだろうが、バイブをかけておけば大抵気づく。寝るときだけでなく飛行機内でも非常に有効。音にさらされると脳から疲れる。SHUREは耳栓兼ヘッドホンになっていて重宝。
少しでも眠りの質が上がった方がよいのは当然。
旅の記録としてカメラ。今回RX100を持っていった。画はキレイなコンパクトカメラだが、画角が若干狭いのとコンパクトというには若干大きい。もしS110かRX100のどちらか一台を選べと言われたら、S110にすると思う。RX100を持ってるから買わないけど…。S110は「軽い、小さい、寄れる」から。画角も広いし。






7 体をつくる栄養。
グリコのプロテインにはたんぱく質以外にいろいろと入っているからこれを飲んでおけば大抵いいのじゃないかと思うが、内臓への負担を考えると毎日たくさん摂るわけにもいかず。
常備するものとしてマルチビタミン&ミネラル。運動をすると通常よりビタミンとミネラルを必要とする。体調不良やら皮膚が荒れるなどは、ビタミン&ミネラルが怪しいことも。「旬の食材を食べればバランスが取れるようになっているのさ、自然が一番!」と言う人もいるが、スーパーに売っているような食材は昔と比べて栄養価が低いとされている。土壌やら低肥料の関係だろうか。食品から持久スポーツに必要なだけの栄養を摂るのは難しい。
グルコサミン&コンドロイチンもおそらく有効(かと信じていたが、オカルト説が有力)。持久スポーツの長時間の摩擦ですり減った関節材の補給として。
それと鉄。ランの着地時に衝撃で赤血球が破壊されるとか。赤血球は酸素供給の要。
サプリメントはまず体感できない。そして吸収率が悪いから意味がない、という説もあるが…。


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6.28.2013

バラモンキングへいってまいりましたよ!—夢のおわりに—

2013-06-24
長崎・五島は楽しかった。幸せだった。しかし祭りは終わった。抜け殻になった。
2013-06-24
リザルトを眺めている。97位のスイム、39位のバイク、47位のラン。これなら総合で45位くらいじゃないか、と思うが、どういうわけか33位。感覚的によくわからない。
2013-06-24
ひとつ後悔することがあるとすれば、ゴールシーン。カメラを意識してポーズをつくるなどすべきであった。写真を見たら、ただヘロヘロとしていた。
2013-06-24
生涯、この五島行きのことを反芻してニタニタするだろう。この先生きのこっても、これ以上のことは起きないだろう。
2013-06-24
世界戦の枠は—まだ詳細は分からないがカテゴリ12位、2013JUT会員、2014JTU会員予定、カテゴリトップから30%以内のゴールという条件は満たしているように思える—全く意識しなかった、と言えば嘘だが、ビル・ゲイツと仲良しになる、ハリウッドスターになる、ハワイスロットを取る、というほど非現実的ではないにしろ、その種の妄想ではあった。
2013-06-24
妄想の域が現実となって終わった。良すぎる結果もまた、困惑する。
2013-06-24
ふたつの意味で、抜け殻になった。ひとつは、レース後に感じる一般的な虚脱として。ふたつめは、人生の大きなチャプターの終りとして。

2013-06-24
ある日本の作家が「この国には何でもある。だが、希望だけがない」と言った。
2013-06-24
またあるフランスの作家はある国のことを「年間3万人が大挙して自殺する憂鬱の国」と呼んだ。
2013-06-24
憂鬱な国で希望なく20代を過ごし、30代になり希望をみつけた。
2013-06-24
その希望があればこそ、だった。しかし、うまく行き過ぎた。
2013-06-24
カラマーゾフの兄弟は未完とはとても思えない。完全だ。完全なものには何も足してはいけない。同様に「希望のチャプター」は完全な形で終わってしまった。蛇足以外には、もう何も付け加えることができない。
2013-06-24
良すぎる結果もまた困惑する。完結してしまうから。希望のチャプターが終われば、次は希望のチャプターではない。夢は終わり、首都圏の鉄道網へ。この世界で最も憂鬱な場所へ。
2013-06-25
終わった。リストバンドを切って外し、捨てた。





関連記事  レースまで   レース編 

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6.27.2013

バラモンキングへいってまいりましたよ!━レース━


カメラロール-23
ついにレース日。3時55分に起きた。よく眠れた。外はまだ真っ暗だった。宿が4時に朝食を出してくれたから食べた。食欲はそうなかったが、食べられないわけでもなかった。そして痙攣対策でバナナを1本食べた。
4時45分、宿にバスが来てスイム会場の富江へ。真っ暗だった。アップダウンばかりだった。富江に向いながら明るくなっていった。島の景色に南国の成分を少し感じた。


カメラロール-25
会場着。バラモンキングのスタート地点である。ついにここまできた。
まずはバイクに補給食、ドリンクをセットし、Garmin310XTを起動。ブレーキ、変速、タイヤのエアも再確認。問題なし。
天気予報では曇りときどき晴れ、といった感じで気温は28度まで上がるらしかった。走るには暑いだろうが、酷な暑さではない。この時間は気温が低かったが「湿度は90%である」とアナウンスがあった。確かに蒸す。
水面に小波はあるものの海は極めて穏やか。防波堤内であるからで。「水温は23度である」というアナウンスがあった。ロングジョンか、フルスーツか。
ロングジョンは泳ぎやすい。しかし体温保持能力が低く、浮力もフルスーツに劣る。フルスーツは腕肩が動かしにくい。
海水に触れてみると、プールと比べて非常に冷たいが、銭湯の水風呂よりは暖かい。オープンウォータの経験はショートディスタンスの1回のみである。それも2年前。経験と情報が圧倒的に不足している。
腕肩は動かしにくいだろうが、生存率はフルスーツの方が高いだろう。水温は高くないし、運動強度も低いだろうからゆでダコになることもない。安全側にレバーを倒してフルスーツに決めた。



カメラロール-26
レース目標
ロングは初めてであるし、ロングはどんなタイムならどのくらいの位置づけなのか、ということも知らないからハッキリとしたターゲットは設定していなかった。スタートできるだけでも十分、と思っていたし。
机上の空論として、Swim1時間10分、Bike6時間、Run4時間にトランジションタイムを加えると11時間30分である。それぞれ単体ではそのくらいでこなせるだろうが、3種を連続して行うわけだからペースは大きく落ちるだろう。であるから少なくとも12時間はかかるだろう、登坂で足を削られればRunを走り通すこともできず、歩くことになるかもしれない、いや、登坂で削られなくても歩きが混じるだろうことは先人の経験から明らか…。ロングは厳しいのだ…。

というようなことを勘案して

  1. ともかく制限時間いっぱいまであきらめずにゴールを目指す。完走!
  2. 先人の記録と自分の能力からみて14時間くらいは達成できるのではないか…14時間!
  3. 机上の空論値からすると12時間も不可能ではないかもしれない…一応12時間!
  4. 妄想の範囲としてBikeのAve30km超、RunでSub4などを達成なんてことがあったりして!
  5. 基本的に関係ない話だからチラッとしか見てないけど世界選手権の選考レースであるらしい。エイジ12位まで?去年のリザルトからすると大体妄想ペースでこなすと選考にひっかかるかもしれない。ま、私(イケメン)にはカンケーないけど。

とにもかくにも「1」の完走である。スタート地点に立てるだけで勝者。確かにそうだが、DNFと完走ではやはり違う。

ロングを完走したい。ロング完走者になりたい。それだけである。





スイム前に食べるバナナを持ってきた方が良かったかもしれない。体が起きてきてバナナを食べるくらいの胃腸の余裕はあった。後悔するほどではなかったけれども。

スイムコースのルート、ブイの位置、陸地の目印などを再確認(陸地のターゲットはあまり意味がなかったが)。水の透明度は低い。台風や雨の影響だろうか、土砂が流れ込んでいるのかもしれない。
試泳の時間が近づいてきたから着替え。トライスーツの上にフルスーツ。そして靴やら服やらiPhoneやらをスイムバッグに入れて預託。より一層レース感が強まってくる。完全に日常から切り離された。どういう結果になるか分からないが、始まったのだ。


ウェットを完全に着るために海に入って濡らす、のだが…何かおかしい…全然着れない。緊張しているのだろうか、全然着れない。試泳をしてウォームアップしたいのだが…。
ウェットが前後さかさまであることに気づくのに、ジッパーが前にあることがおかしいことに気づくのにしばらくかかった。ぼくちゃんは大変かしこい。
慌ててウェットを脱ぎ、着なおし。ウェットは脱ぐと裏返しにひっくり返って手間取るから困る。よいしょよいしょと顔を真っ赤にして足を通して引っ張り上げると、何かおかしい…全然上がらない…ジッパーがまた前にある。同じ間違いを2度繰り返す。これ。ぼくちゃんは大変かしこい。

さらに顔を真っ赤にして慌てて再装着。このころ、五島のエライ人、シフォンさんを見かけたが、ウェットに忙しく挨拶もできなかった。またも不義理をしてしまった。

試泳。ゴーグル、キャップ、ウェットの機材面は問題がなかったが、オープンウォータがプールと全然違うこと、水中視界が2メートルほどしかないこと、ゴーグルに他泳者のストロークが当たってぎゃふん、水が塩辛いこと、息継ぎがうまくいかないこと、足がつかないこと、その他緊張などもろもろで半パニック。
やはりオープンウォータの経験と情報が圧倒的に不足している。


「ぼくちゃんは…生きて帰れませんね…『長崎トライアスロン大会で死亡事故』…ヤフートピックス行きですかね…」


フローティングスタート地点でそのようにしょんぼりしていると、いよいよスタートが近くなってくる。ただ、レース直前になればアドレナリンがピュッピュと分泌されて気分がガラリと変わることも知っている。やはりスタート直前に雄たけびなどを上げると━アドレナリン噴出量が増すだろうから叫んでおくことにした━恐怖心がキレイにマスキングされる。


「みなぎっっっっってwきwたwぜーーーー!wwwww ねんがんのwwwやふーwwwとぴっくすwww」


スタート直前になれば少なくとも漠然とした恐怖心だけは消える。レースというのはいつもそう。










Swim3.8km
ラッパの音がしてスタート。序盤はバトルで危険だからアップ程度の強度で。
やはり他の泳者との接触が頻発。ときどき泳ぐのに支障が出るくらいの接触もある。序盤で学んだのは、前の泳者のバタ足にあまり近づかないこと。あれでゴーグルを蹴られるとアウト。そして斜め前の泳者のストロークにも気をつけること。これは逆に言えばキックを打てば後方の泳者は離れてくれる、ということでもあった。

みな泳いでいて水面が荒れるから、息継ぎはプールとは全然違って、大きく上を向かないとうまくいかない。が、大きく上を向けばまずブレス失敗はなかった。そして息継ぎ時にウェットの襟が首にこすれて痛い。ウェットと体の相性次第でワセリンが要ると知った、と2年前のレース時にも思った、ということを、五島の海で思い出した。もう遅いが。

多少バラけて泳ぎやすくなってくるものの引き続き低強度で。ブイ周辺は混雑で接触が多くなる。オープンウォータでは、よく「上に乗られた!」とか「沈められた!」というが、今回私(イケメン)は上に乗る側になった。というか、波の具合、他泳者との位置関係、ストロークの具合、混雑具合が複合的に不幸に一致していつのまにか他の泳者が自分の体の下にいた、という具合で。邪魔だから上に乗ってやった、というわけではない。

1900mの1周目を終えたところで水分補給。2周目に。
ここで尿意。泳ぎながら漏らすのは力の加減が難しい…力が入ると漏らせないし、力を抜くとペースが落ちて他の泳者との接触が起きる。どうにかお漏らし成功。

2周目は同じくらいの泳力の人しかそばにいないので接触も少なめ。接触があっても軽度。
引き続き体感強度は低め。1ストローク1ブレスで呼吸は楽。これならブレス失敗があっても安全圏。
オープンウォータはプールとは別モノ。プールで意識するフォームなんて全く再現できない。ヘッドアップをしなければならないし、頭を上げて警戒しておかないとキックが顔に直撃する。
クロールに「犬かき」成分が多く含まれたようなフォームにならざるを得ず。

ウェットの襟が首にこすれて痛いが、3.8kmまでは皮膚がもちそうである。2周目中盤になるころには完泳できそうだと感じた。引き続き低強度。淡々と、相当落ち着いた心境でスイムアップ。ヤフートピックス回避。

時計を一瞬見たら1時間16分あたり。思ったよりは遅かった。短水路のクロールとは全然別モノなんだと知った。しかし、ひどい数字というほどでもなく。



Transition 1
トラ袋を取って更衣室テントへ。熱気と湿度でむんむんしている。頭がクラクラする。気分が悪い。棒につかまらないと立っていられない。スイムアップ後には血圧だかなんだかの急激な変化でそうなることがある、という話を思い出し、棒につかまりつつトランジション作業。
ウェットを脱ぎ、紅茶(カフェイン)を飲み、足を拭き、2XUのコンプレッション靴下を履き、手袋をし、ヘルメットをかぶる等。晴れる気配がなかったからアーム・ショルダー・カバーはつけなかった。
アナウンスでは150人だか200人がスイムアップしたとか何とか言っていた。私は120番手位だろうか?というか、何人が参加しているのかも知らなかった。600人くらいだろうか?順位はどうでもよい。とにかく完走したいのだ。
そうしているうちにいくらかクラクラが弱まってきたからテントを出てバイクの方へ。




Bike180km
競技時間が長く、苦手で不安のバイクパート。2年前、唯一経験したレースで初めて知ったことだが、私はバイクが遅い。自転車に乗り始めたのが入口で、バイクが一番得意と思っていたが、そんなことはなかった。自転車が好きであることと、バイク能力には関係がないのだった。

ラックからバイクをおろして乗車ラインへ。なぜかGarmin310XTちゃんが心拍を拾わない。心拍センサーに海水が入り壊れてしまったのだろうか?この後、レース終了まで心拍数は計測できないままだった。心拍数が分からない。体感強度でペースを管理するほかない。
180kmのアップダウンをノンストップである。序盤ではイージーなペースが後半では地獄ペースとなるだろう。ケイデンス高め、トルク低めを意識して楽なペースで。絶対に力を込めないこと。力を込めると、バイク後半で失速するし、ラン全体に響く。
序盤ではどんどんぬかされる。スピードは十分に出ているからこのペースが正解のはずだ…が…焦る。ともかく長丁場である。ペースを守ること、絶対に力を込めないこと、楽な範囲で回すこと、念願だった「五島ゆるポタ」のつもりで走ること…順位はどうでもよい…楽に回して完走確率を高めること。今は楽でも後半は必ずきつくなる。

テーパーと称して2週前から運動量を減らした。疲労が抜けた感覚もなく、運動量だけ減ったから不安だった。そもそもテーパーの経験も情報も不足していた。調整に成功したのか失敗したのか分からない。調子は良くはないが、悪くもなかった。

どこをとってもアップダウン。そのたびにフロント変速。さいたまから秩父へロングライドに行ってもフロント変速はせいぜい10回だろうが、ここ五島のコースでは数えきれないほどフロント変速をした。変速時はチェーン落ちしないようトルクを抜いて。また、重いギアを踏み込んで一気に上る、ということも控えてリアもこまめにギアチェンジ。ダンシングも控えて極力シッティングで。登坂であってもケイデンスが低くなり過ぎないよう軽めのギアで。早め早めに固形補給食を摂って。

エイドでスポーツドリンクをもらい一安心。電解質の水分確保。淡々とペース維持。すると序盤で先行して行った人たちを追い抜く場面が多くなってきた。また、私(イケメン)は上りが速く、平地が普通で、下りとカーブが遅い。これはハッキリとした傾向だった。上りで簡単にパスでき、下りで簡単にパスされた。そうきつくもない上りでヒイヒイいっている人が不思議だったし、逆に、下りやカーブでもたもたしている私(イケメン)は謎生物に見えただろう。下りとコーナーは怖い。同じようなペースで走っていた人に下りカーブが連続するところで引き離されて、それだけで100m200mのビハインドになった。
バイク全体で見ると、基本的に順位を上げたようで、追い抜くことが多かった。

後半までバーチャルトレーナーのAve30kmラインに多少の貯金ができるくらいで推移していった。後半には固形補給食が尽きた。想像していたより順調に摂れたぞ、というより、不足を感じた。もっと補給食が欲しかった、が、エイドで立ち止まって補給するならスルーしたほうがタイムがよい、と、しばらく固形補給を摂らずに進んだ。これは失敗だった。
サドル後方のエネルギードリンクの残量も少なくなってきたし…という頃になってようやくエイドでバナナをもらった。

予報に反して天気は雨だった。時折土砂降りになった。
ブレーキの効きに不安があったが、特に問題はなかった。SwissStop Black Princeのおかげかもあるし、そもそも減速が必要な場面は警告看板があったから事前に減速できた。

リニアに疲労がたまっていき、楽だったペースがきつくなった。追い抜くことも追い抜かれることも随分減った。2周目を終え、150km地点あたりからガクッときて、失速した。だるくなり、眠くなり、意識が薄めになり、クラクラした。ハンガーノックの入り口だった。今思えば、補給不足だった。「終わった。失敗レースだ。」と思った。注意力が落ちて側溝に落ちたり落車するのではないか、という不安がわいてきたのでペースダウン。完走しなければ…クラッシュはイヤ…。ペースを落として様子を見なければ…。

すると、ようやくバナナが効いたのだろうか、170kmあたりでいくらか回復。やはりエネルギー不足だった。既にエアロポジション維持がきつかったし、そのままスローペースで足をためてバイクフィニッシュ。トンネルが多くGarmin表示ではよく分からないが、おそらくAve30kmより少しよかったのではないか?という認識だった。

バイク中、一度おしっこをした。




Transition 2
バイクを高校生ボランティアに渡して、トラ袋をもらい、更衣室テントへ。
バイク装備を外し、ラン装備。曇っているから帽子はかぶらずサングラスは外した。1gでも軽い方がよい。紅茶(カフェイン)を少し飲んでトイレへ。村上春樹の小説にでてくるような、信じられないくらい長いおしっこをした。いつまでたっても止まらなかった。水分補給は十分だったらしい。






Run42.2km
もうすっかり疲れている。スイムに加えてアップダウンばかりのバイク180kmをAve30kmで走ったのである。信じられないことだが、ここからフルマラソンである。確かにロングの部へエントリーしたのは私(イケメン)であるが、ここからフルマラソンなんてどう考えてもおかしいだろう…。10日くらい休憩が欲しいところである…。
Sub4ペースをターゲットに、とにかく長く維持できるペースで。先人によればRun後半は地獄である。必ず地獄である。グロッキー、足が棒、眠気、吐き気、激痛。ありとあらゆる苦痛を一ヶ所に集めてきたような地獄である、という。
バイクでハンガーノック寸前までいったから序盤で大量補給。コーラ(カフェイン)、スポーツドリンク、黒糖、ビスケット、フラスクのエナジージェル。
序盤はSub4ペースをきつくもなく維持できた。しかし、大量補給のせいか、10kmあたりで気分が悪くなってきた。吐き気まではいかぬが。ランではエイドステーションがたくさんあって補給に困ることはなかった。雨が降れば体が冷却されてよいし、雨がやめば水をかぶって冷却。気温は高くなく走りやすかった。暑いよりは雨の方がましかもしれない。
ランでは追い抜かれたり、追い抜いたり、ということはそう頻発せず、ぽつぽつと順位変動がある程度。追い抜かれても追走する気は皆無だった。とにかくペース維持。
ランコースもアップダウンばかりである。平地民からするとなんて嫌がらせ設定なんだ、と思うが、五島の地形から考えて、これは普通である。港付近の他は、平地はほとんどない。

中盤には胃の消化が進んだようで楽に。疲労感、筋疲労はあるが、エネルギー充填は十分できた感覚がある。中盤になると黒糖のような甘い補給を受け付けなくなったからコーラ、スポーツドリンク、オレンジで糖分補給。
14km3周回のランコース、2周目まではどうにかSub4を維持できた。Sub4に貯金も少しできた。だがマラソンは30kmから。3周回目からは足が棒、筋肉がしびれて痛い、足が濡れてマメやら水ぶくれ等。つらい。つらいが、あと1周である…。
長かったロングの旅もあと1周で終りである…苦痛はまだ生きている証…この苦痛を得るために2009年から目指してきたのだ…この瞬間のために…などと感慨にふけっても、その間に進めるのはせいぜい300mくらいなものである。3周目の14kmが長い。Garminの数字が増えてくれない…。

つらいつらい、痛い痛い。上りでは大失速、下りでは大腿四頭筋激痛でブレーキ。トイレに入った時以外でもSub4貯金を取り崩すラップもでてきた。大腿四頭筋が痛い痛い。
だが、あと10km、あと8km、あと7kmと確実に前へは進んでいる。残り距離が増えることはない。そうだ、完走はできそうだ…完走はできそうだ!

Sub4貯金と残り距離と失速許容範囲を計算をしつつ、ひょっとしたらこのペース、Ave30kmにSub4というのは、エイジ世界選枠の当落ラインではないか、というようなことも頭をよぎった。スイムもそう悪くなかったし、トランジションでもそう手間取らなかった。案外といいペースで来ているのではないか?

残り4kmくらいになると、完走はもちろん、歩かず完走、さらにはランパートでのSub4ゲットもほぼ確信できた。キロ6分20秒位に落ちても大丈夫である、という計算だった(リザルトではもう少し余裕があったが)
ランパートでSub4などというのは、目標ではなく妄想だった。また歩かずに走り通せるとも思っていなかった。

最後の3kmくらいは平地。3周回目以降順位の変動はほとんどない。が、最後の1kmほどで前のランナーをみつけたら、何かスイッチが入った。スパート。下りで激痛だった大腿四頭筋も平地ならどうにかなった。ゴール少し前に前走者をパス。ボディマーキングを見たら同じエイジカテゴリの人だった。カテゴリ順位が一つ上がった。うひょ!スパートしてよかった!

そして最後の赤じゅうたん…。埼玉のイケメン選手がゴールです的アナウンスがあって、ゴール…。TVカメラが寄ってきて感想を聞かれたから「つらかった」とかそのように答えた。


極度の疲労と非現実感の中、しばらく呆然。
完走した?したよね?終わった?終わったよね?現実?現実だよね?
先ほどの同エイジカテゴリの選手と健闘をたたえつつ握手。その選手も初ロングだったそう。


ああすればよかった、こうすればよかった、もっとできたはず、というような後悔はなく、やりきった感、ふりしぼった感があった。この時、タイムは良く知らなかったが、タイムはどうでもよかった。順位もどうでもよかった。全く不満がなかった。大満足だった。Completionという言葉で頭がいっぱいになった。これ以上はなかった。これ以上はない、と思えたことは最高だった。そんな風に思えたことは、初めてだった。



2013-06-25

うひょひょ!ぼくちゃん、ロング完走者になりましたよ!






Swim3.8km 1:16:42 (97位)
Bike180km 5:57:35  (39位)
Run42.2km 3:52:09  (47位)
Total 226.2km  11:06:26 (33位) 







関連記事  レース前   レース後


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6.26.2013

バラモンキングへいってまいりましたよ!━レースまで━

2013-06-20
物見山周回コース南端信号前━座標35.981438,139.36613━で、さいたまのある大変なイケメンが「鉄人になりたい」とはっきりと思ったのは、2009年の末だった。
2013-06-20
その後、故障・故障を繰り返しながらも、2012年のバラモンキング・ロングの部へエントリーするくらいには進捗した。
2013-06-20
しかし、2012年のレースまであと1ヶ月ほど、という時、自称・オーバートレーニング症候群を発症した。DNSだった。
2013-06-20
DNSとなったレースが五島で行われた翌週の彩湖にて、あるイケメンは、落車・転倒・鎖骨骨折をし、救急車に乗った。手術を待つベッドの上でしくしくと泣いた。
2013-06-20
自称症状に骨折。
健康を害したりケガをするくらいならやらない方がいいのではないか?と思ったが、転んで頭を打てば簡単に死ぬから生きているうちにできることはしておかねばなるまいな、とも思った。およそ1年後の2013年6月20日、さいたまのあるイケメンは長崎へ向かう飛行機の中でAdam's Lamentを聴いていた。Adamは何を嘆いたのだろう?楽園を追放された悲しみだろうか?原罪をおかした後悔の嘆きだろうか?
長崎は雨だった。


2013-06-20
長崎。路面電車の街だった。
骨折は治った。バラモンキングにもエントリーした。バイク発送もした。故障個所もない。自称症状も感じない。
先人の経験から分かるように、ロングは厳しい。そうであるからこそロング挑戦を決め、準備し、スタートラインに立つ、それだけでも価値がある、と思う。どういう結果になったとしても。

2013-06-20
長崎。キリシタンの街だった。
浦上天主堂へ行った。まずここに来たかった。
2013-06-20
浦上四番崩れ。大規模で激しいキリシタンへの弾圧は、意外にも明治日本で行われた。
迫害・拷問・流配の果てに浦上に再び集まりついには教会を建てるに至った。そしてしかし、教会はナガサキの爆心だった。戦後に再建された一見普通のレンガ造りの教会は、その苦難の象徴だった。
2013-06-20
近くの爆心地にはわずかに遺構(刑務所)があった。
2013-06-20
TVでよく見るかっこいいおじさんが座っていた。


2013-06-20
長崎港近くにあるジャスコとデパートの中間的存在の地下1階でバナナ(カリウム。痙攣対策)を買い、同じく長崎港近くのホテルへチェックインした。経営者の保守的な自著が置いてあった。13秒だけ読んで、閉じた。某横インもそうだが、クセが強くて大変よい。


2013-06-20
長崎で2番目に行きたかった大浦天主堂へ。
2013-06-20
「浦上四番崩れ」のトリガーとなったのは「250年ぶりの信徒発見」があったから。外国人居留区に建てられた大浦天主堂に隠れキリシタンが訪れ神父に信仰を告白した。ひょっとしたら存在するのではないか、存在していてほしい、と外国人宣教師に夢想されていた隠れキリシタンが、250年の潜伏を経て、実在し、告白し、再発見され、隠れるのをやめた。隠れるのをやめたから浦上四番崩れが起きた。

2013-06-20
美しい教会だった。見学は有料だった。その価値はあった。





2013-06-20
路面電車の路線図を眺めていると諏訪神社駅というのがあったから、行った。大きな鳥居がたくさんあった。大きな神社のようだ。
2013-06-20
長崎では白いポストを何度か見かけた。参道にもあった。
レース後の帰りのジェットフォイルから降りるときにようやく会うことのできた、長崎在住のネッ友、Sさんの言葉が印象的だった。

長崎民はね、毎月第三日曜の家庭の日には、家族みんなで明るく有害図書を捨てにくるんだ。そう、この白ポストにね。




2013-06-20
「ぼくちゃんの自称症状がすっかりなおりますように」「バラモンキングで溺死しませんように」「バラモンキングを完走できますように」「ぼくちゃんの独身がすっかりなおりますように」「バラモンキングではできれば歩かずに完走できますように」「バラモンキングに参加できそうです。ありがとうございます」

この一年で、300回くらいは神社参拝をしただろうか?神社に寄らない日もあるが、一日三参拝四参拝の日もあった。ほとんどすべてが、自称症状がすっかりなおるための祈りだった。実効があるとは思わないが、できることはしておかねばなるまい。できることはやった、という心理的ポイントの獲得のため。


2013-06-20
長崎。坂の街だった。
坂、というより山に街がある、という印象。景色がよい。休憩がてらにこのあたりで紅茶かカフェ・ラテでカフェインを摂りたいところだが、やめた。レースまではカフェインは摂らない。たかがカフェインだが、できることはやっておく。できることはやった、という心理的ポイントの獲得。カフェイン断ちについては多少の実効がある。

2013-06-20
近代洋風建築が美しい長崎の長崎ちゃんぽんで長崎ちゃんぽん麺2倍、餃子大盛りで夕食。レース前である。食べ慣れないものは食べない。本場長崎の長崎ちゃんぽんで食べる長崎ちゃんぽんは、さいたまの長崎ちゃんぽんで食べる長崎ちゃんぽんと寸分たがわぬ長崎ちゃんぽんだった。



2013-06-20
五島長崎大会は、梅雨と台風の時期に開催される。やはり今年も台風が来ていた。iPhoneをネチョネチョとこねくり回して、Weather Newsを何度も何度も何度も起動し天気をチェックするなどしていると、乗船予定だった翌朝のジェットフォイルが欠航されると知った。
2013-06-20
ジェットフォイルはもちろん、フェリーも欠航だった。航空便は条件付きフライトだった。五島への移動が流動的になった。ホテルでネチョネチョネチョネチョネチョネチョと顔を真っ赤にしてiPhoneをこねくり回しても、それ以上は何も得られなかった。日程には若干の余裕があったし、台風も勢力が弱かったから、翌日夕方のフェリーの出航に期待して、寝た。


2013-06-21
朝。ホテルで朝食。ジェットフォイルは欠航である。長崎には観光に来たのではない。グラバー園を見に行くこともできたが、観光疲れを起こしてはいけないからと、そのままホテルにいた。あまちゃんを見た。今回の朝ドラはおもしろい。前回の朝ドラがひどかっただけに。前回のは「タロとジロ」とかなんとかいうタイトルだっただろうか、登場人物は全員頭が狂っていて悪い意味で暗く、悪い意味で不快なドラマだった。

2013-06-21
台風である。船は欠航である。長崎美術館に行くこともできたが、観光にきたのではない。引き続き高田社長が電子辞書を売るのをぼんやりと見た。台風は消滅し低気圧になった。船は出るに違いない。チェックイン時にもらったレイトチェックアウト無料券を使って、時間ギリギリまでホテルで粘った。観光疲れを起こしてはならない。体を休めねばならない。カフェインを摂ってはならない。

2013-06-21
夕方のジェットフォイルは出航するかどうか、キャンセル席があるかどうか、フェリーの出航はどうか、などの様子を見に、港へ行った。夕方の便は出航する見込みであった。
「最も早く五島入りするには夕方のフェリーに乗りたまえ、ジェットフォイルは満員だ、キャンセル待ちも受け付けぬ、フェリーにも満員ということがあるからチケットを列に並んで買うとよかろう」と係が言った。よく見ると、フェリー切符売り場にはバラモンキング参加者の行列が出来ていて、チケット発売開始を待っていた。最後尾に並んだ。フェリーは揺れて酔うからイヤなのだけれども、やむを得ない。
"イエスの生涯"を少し読み進めた。
2013-06-21
1時間か2時間待ち、フェリーのチケットを買った。腹が空いた。フェリーで酔った時に胃にモノが入っているとリバースで大変な思いをするだろうが、レース前に食べないというわけにもいかぬ。ごぼう天うどんを食べた。五島うどんがおいしかった。フェリーの便所で吐き戻されるかもしれないうどんだが…。仮にそうなっても、それまでに消化された分は、エネルギーとなろう。
2013-06-21
イスに座ってひたすらフェリーの出航を待った。グラバー園や長崎美術館に行きたかったが、行けば体力を使うから、ただただ港でフェリー出航を待った。Adam's Lamentを聴いていた。雨が降ったりやんだりした。




2013-06-21
夕方、フェリーに乗った。2等雑魚寝客室。足が黒い。日が出ている日もあえて露出して日焼けをして下地を作ってきた。
2013-06-21
陸地が近いところでは海は穏やかだったが、外洋に出るとうねっていた。フェリーは揺れた。
2013-06-21
うねる海はJホラーのオープニングシーンのようだった。

一度トイレに行った時、つかまらなければ立っていることはできない、というくらいに揺れていた。フェリーという乗り物は初めてで、これが当たり前の揺れなのか、台風の影響なのかは分からなかった。3時間のうち90分くらいは眠れた。眠れなければ、ひどく酔っていただろう。

2013-06-21
五島列島が見えるころには海は穏やかになってきた。美しい景色だった。
2013-06-21
福江島が見え、到着した。午前中に着く予定だったが、すっかり夜だった。


ひどく空腹だったし、レース前であることもあってとにかくエネルギーを摂りたかった。もう夜が遅かった(朝が早いトライアスロン的に考えれば)。1分でも早くフェリー移動の疲れを取りたかった。自主交流会を少しだけ覗いたが、五島のエライ人、シフォンさんに挨拶もできず会場を出てしまった。不義理をしてしまった。
とにかくまずはエネルギー確保。セブンイレブンなりローソンに行けばどうとでもなる、と思っていたが、ローソンもファミリーマートもなかった。開いていたモスバーガーでモスバーガー等を食べた。


2013-06-21
パチンコキングを見かけてなぜか感動した。パチンコキングもバラモンキングも大した違いがないように思えた。疲れていたのだろうか?
2013-06-21
RICというコンビニがあって、24時間営業をしていた。薄皮あんぱんを買ってホテルへ走って行った。少し体を動かしておきたかった。
2013-06-21
肝心のバイクの様子もみなければならぬ。輸送中にスポークが折れました、等の懸念があったわけで。ホテルは福江中心から案外と遠くて参った。歩けない距離じゃないが、徒歩圏とは言えなかった。

2013-06-21
ホテルの部屋は快適以上の広さだった。ツインであるし、エマージェンシー寝具があれば3人、4人は入れる広さであった。間違えて割り振られたかのようないい部屋だった、というか本当に手違いだったのかもしれない。もっと狭くてよい。
また、バイクはきちんと宿に着いていて、中身も無事な様子だった。欠航で予定が狂ったが、これでようやく、落ち着けた。



2013-06-22
フェリーで寝たからだろうか、横になってもほとんど眠れなかった。それでも4時半頃に起き、すぐにあんぱんを食べた。腹が減っていたわけじゃないが、朝にモノを詰めることに慣れるため。レース日は3時50分起きである。時差調整をせねばならぬ。できることは全部やっておく。できることはやった、という心理的ポイント獲得もあるわけで。窓の外が明るくなると、五島列島が見えた。
「自転車組み立てにはガレージを使ってよい」と宿のおじさんが言ったからそうした。屋根があって夜は施錠もしてくれてありがたかった。ガレージには他の参加者の自転車や輸送箱がたくさんあった。
カメラロール-20
土曜である。もうレース前日である。この日は忙しい。自転車を組み、選手登録をし、トランジション袋を受取り、必要物を袋に詰め、自転車を預託せねばならぬ。船の欠航で予定がずれたが、全部こなすとしても時間的に多少余裕がある。比較的スムーズに、トラブルもなく自転車を組むことができた。自転車を組み終えても、まだ早朝だった。
2013-06-22
宿で朝食を摂り、部屋で朝ドラを見た。土曜の朝ドラは前半のクライマックスの回で、泣かせに来ていた。今回の朝ドラはよいが、それにしても前回のひどい朝ドラは受信料を返金すべきレベルだった、と、宿のロビーでそのような会話がかわされていた、のを盗み聞きし、心の中で同意した。

2013-06-22
ジョグを兼ねて選手登録へ行った。国道に飾られている黄色と赤で色彩の暴力を表現したらしきモダンアート壁画が大変美しかった。
2013-06-22
メイン会場近くの城跡。石垣。堀。埼玉では見られない光景。埼玉から五島へ観光へ行く話は聞いたことがあるけれども、五島から埼玉に観光に行った話は聞いたことがない。
2013-06-22
メイン会場の脇に神社があったから、自称症状がすっかりなおるよう、溺死せぬよう、完走できるよう、独身がすっかりなおるよう祈り、スタートラインに立てそうなことを感謝した。できることは全部やっておく。

島
絵心がないと、このように無駄な空白が生まれる
会場で選手登録、トラ袋受取、リストバンド装着等。少し時間に余裕があったからタクシーで堂崎教会へ。道中、福江島の地形を知ってうんざりした。アップダウンのみで構成されており、且つ、緩やかでない坂もふんだんに含まれている。
関東しか知らない人間が想像する島というのは画像左のようなものであるが、五島は実際にはそのイメージの「島」ではなく「山」そのものである。山が海面から出ているだけである。ただでさえ苦手のバイクパートへの不安が増した。また、人様が「自転車にのって予習」しているのを「タクシー」の窓から見ることで、余計に不安になった。



2013-06-22
堂崎教会着。こちらも隠れキリシタン苦難の歴史。中は資料館という感じで、日常の宗教施設ではなさそうだった。予習として"沈黙"を読んでおいたこともあって見応え十分だった。
2013-06-22
ヨハネ五島
長崎では教会群を世界遺産に、という気運が盛んな様子。「信徒発見」や「殉教」という要素に加えてナガサキでもあるからその価値は高そう。
どうでもよいことだが、いや、全然どうでもよくないことだが、海に近いこともあって、フナムシちゃんがうじゃうじゃといて見応え十分で憂鬱になった。スイム会場でもうじゃうじゃしているのだろうか?
2013-06-22
トラ袋を宿に置き、昼食等の調達へ。宿から比較的近くに—近くもないが—ショッピングモールがあった。モール近くに展示された「泡沫に転落した者たち」を表現したかのようなインスタレーション壁画が、美しかった。こんなレアな現代美術は、メガロポリスTOKYOですら拝めない。
実は、カフェイン入りのエナジージェルを忘れてしまった。何のためのカフェイン断ちだったのだろう。紅茶で代用することにした。昼食、バナナ、紅茶、電解質ドリンクを買った。ショッピングモールではシスターが安物のスニーカーを物色していた。初めてシスターを見た。

2013-06-22
帰り道に、牛がいた。これが五島牛だろうか。ペットではなかろう。



テーパーで運動量が減っているからそれほど空腹でもなかったが、エネルギー源である。とにかく胃に弁当を詰め込んだ。
そうしていると時間に余裕がなくなってきた。バイク&ランバッグ預託、競技説明会へ。レース当日に前輪7.5気圧、後輪8気圧で乗れるようそれよりも若干多めにエアを入れた。ランバッグには紅茶とジェルフラスク(ジェル6,7本分)を入れた。紅茶はトランジション時に飲みカフェイン摂取。本当はジェルフラスクにカフェインジェルを混ぜるつもりだったが。
バイクで預託会場へ。変速も普通にするし、ホイールも振れてないし、おそらく大丈夫であろう、という調子であった。ただ、後で気づいたが、パンクでチューブラーを剥がすときに使うタイヤレバーを装着し忘れた。クリンチャーでないから必須ではないし、シーラントが入っているからパンク確率はある程度低いだろうが…。あれば剥がしやすい、という程度。このレースでは、パンクはしない前提で最低限の整備道具しか携行しない。予備タイヤにCO2ボンベ1本、ミニ工具ひとつだけである。
車検等をし、バイクとランバッグを預け、選手説明会へ。
ルール、注意点、水温等の確認。トライアスロンは危険な競技である。安全第一をつよく再確認。
水温は23度弱と高くなく、ロングジョンかフルスーツかで悩んだが、スイム会場で実際に海水を確かめてから決めるほかない。

2013-06-22
いよいよ最終準備。ロング、という三文字に導かれて遠くまで来た。もう、泣いても笑ってもエネルギーの無駄だった。ここから先、できる事は少ない。
バイクに積む補給を作成した。
トップチューブバッグには固形物。Honey Stinger Waffle5枚分を割って詰め、種無し梅も5,6粒。
サドル後方のボトルにはスペシャルドリンクとしてエナジージェル6,7本と紅茶250ccを混ぜたもの。エナジージェルが林檎味だったから、理論上はアップルティー味になる、と考えたし、実際そうでおいしかった。
ダウンチューブの電解質ドリンクはHigh5社の4:1ドリンク粉末で作成する予定であったのだが、持参したボトルをあけると、鼻を突く生ゴミ臭がした。



ぼ、ぼくちゃんのおきにいりのボトルからすごいにおいがいたしますよ…。



洗浄と乾燥が十分でなく腐ったのだろう…。これは使用不可、廃棄一択。
「エイドがあるとはいえ、持参ドリンクなしというわけにはいかないだろう、いや、電解質なら梅があるし水分ならトランジションでも摂れるが…会場のブースでボトルを売っていたがそこに行くにしてもタクシー代がかかるし…」などとしばらく悩んで、エイドに頼ることに決めた。最初のエイドは20kmか25kmあたりにある。そこでスポーツドリンクをもらえばよい。そこまでの水分はトランジション時の紅茶と、サドル後方のスペシャルドリンクで間に合うだろう…それに…700gの軽量化になる、と…。



2013-06-22
夕飯はホテル近くの—近くはないのだが徒歩圏—回らない寿司店へ。カウンターのイケメンの隣の隣の隣の隣の隣あたりにCEEPO社の社長と思われる紳士がいた、気がした。盗み聞きした話を総合するとそうじゃないか、と思っただけで。エライ人が来る寿司店であるから、よけいにおいしく感じた。特に焼きイカや赤だしが。

2013-06-22
神は心を見るだろう。この長崎行きからは、生きて帰れるとは思っていなかった。不慣れなオープンウォータで溺死するかもしれないし、落車して顔にガードレールが刺さって死ぬかもしれないし、疲労で心臓が止まるかもしれない。そんなことならやらないほうがよい、とも思うが、やはりやれるうちにやっておかねばなるまいな、と。
2013-06-23
もう、準備は整った。バイクトランジションバッグも何度も確認した。横になった。2009年からの走馬灯を再生し、感慨にふけった。そして、寝た。よく眠れた。





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