9.28.2013

血筋の良い一族に生まれて

2013-09-28
EF-M 11-22mm F4-5.6 IS STM(中央)
ええと…EF-M11-22mmを買いました…。用途と被写体はありません…。図らずもEOS Mシステムが充実してしまいました…。

EOS Mちゃんは血筋の良い一族に生まれたけれども、超絶エリートのお兄さんや秀才のおとうとたちにかこまれると目立たない。少し目が悪くて焦点を合わせるのが遅いだけで、育ちは大変よい、そんな生い立ちである。
EF-M 11-22mm(≒換算18-35mm)は、超広角、ズーム、手振れ補正、静音、小型、軽量、そしてカメラ脳的には安価と買わない理由がない。ただし、F4スタートで換算35mmだとF5.6と暗い。空間を広く写すためのレンズであるから、新宿とか摩周湖とか空などを広範囲に写す、あるいは狭い室内を広範囲に写す際に有効。普通の広角だと3人しか画角に入らなくても超広角なら4人5人がフレームインする、膝下までしか画角に入らなかったのがマンホールまでフレームインする、というような。ヒトの自然な視界を逸脱した、いかにもカメラ的なパースが、あるいはヒトより視野の広い生物の視点が得られる。そんなものを得てどうするんだ、何の意味があるんだ、他にすることがあるだろう、というのは禁問である。
  • 肝心の画だが、まだ布団だとかゴミだとか段ボールが散らばっている室内しか撮っていない…。
  • 手振れ補正は普通に効く。動画にもある程度効く。
  • 解像もする。描写はよい。
  • 開放でF4。暗いところでは厳しい。ISOが6400に張りつく。
  • 広角で若干樽型歪曲。
  • どこかの有名な性能格付けでは「満遍なく良好」だとか。
  • 個人的には、EOS MではEF-M 11-22mmとEF-M 22mmのどちらかを使うだろう。手軽スナップならEF-M 22mmで、新宿に行くならEF-M 11-22mmを持って。



2013-09-19
頭の中でネチョネチョとカメラ関連のことをこねくり回していると「レンズが第一、ボディは第三であるな」という考えがより一層強くなった。
レンズだボディだ、といったものが関係のない単体完結型のRX100(修理中)などは、その大きさからすると「極めて!極めて!極めて極めて!優秀であるな」と再認識するなど。小型軽量、そこそこ明るくて、手振れ補正がついていて、動画が撮れて、静止画もキレイ、バッテリーも強め。
それとApertureでRaw現像をする過程についても少し考えるなど。カメラでピクチャースタイル、周辺光量補正などを設定してもApertureに読み込むと全部リセットされてただのRawファイルとなる、と今更ながらに確認。ピクチャースタイルで極彩色にしてもそれは「Rawに対して極彩味付けをしてみましたよ、周辺減光補正しておきましたよ」というRaw素材とは別の情報でしかなく、Rawファイル自体には影響しない(当たり前だが)。Apertureに読み込むと、ただの素のRawとして扱われ、味付け情報は無視される。Canon DPPやLightroomだとその情報も反映されるのかもしれない。
従ってRaw撮りならカメラ内設定は意味がない。jpg撮りなら重要な要素だが。味付けをしたいならカメラではなく、Apertureで。
2013-09-19
ピクチャースタイルだの味付けだのをいじっていると、ベルビアというフィルムがある、ということを思い出した。昔の人は「うひょ!発色がよいぞ!」と言ってこのフィルムをありがたがって使っていたらしい。昔の人は味付けをフィルムの選択でしていたとか。ベルビア装着時に、ここの景色は発色を抑えたいな、という時はどうしていたのだろう?その場でフィルム交換だろうか?
「発色が良い」とは何だろうと、草津・白根山の写真を発色をよくして現像してみた。記憶色とか願望色とか妄想色など現像手法にはたくさん流儀があるけれども、Apertureをいじるのが面倒だからあまりいじったことがない。鮮やかにするとだいぶ印象が変わるが、これだと「記憶色」よりもずっと鮮やかで、観光パンフレットのインチキ写真みたいにやりすぎ感がある。かといっていじらなかった方を見ると「記憶」よりはくすんで見える(実際は「忠実」である)
カメラのセンサーでとらえた「忠実」な色、自分の記憶の中にある「記憶」色、こんな景色であってほしいという「願望」色など、いろいろな色があって困るな、なんにせよRawで撮っておけば後からいじれるからやはりRaw撮りであるな、などと思いつつ、寝た。







ふぐ料理にヒレ酒をのみたい、などとなんという気もなしにつぶやいた。するとずるずると芋づる式に胸の中から芋がほじくり出されて、途端に胸の中が空っぽになった。酒を飲まない、ということは、長生きはできるかもしれないけれども、実につまらないことで。特に日本社会はアルコールと親和性が高いから。また胸から芋をほじくり出すのも無痛でなく。つまらない、と感じることも依存性薬物の影響下にある証左で。
そう感じるのも、ストレスが溜まっているせいもあり、この数日いらいらする。数ヶ月に一度はこういう精神状況になる。なにか脳内物質が分泌されているのだろう。プールに行ったが、やる気もないし気分は沈むしストレス漬けだし、どうしようもない感じで、やるだけ有害だった。

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