6.03.2012

サンドバッグ


昨日のこと。
社交というものがない私でも呼んでもらえるほとんど唯一の懇親会があった。中国人経営の中華料理店。出てくる料理はもちろん中華料理。中華料理は良く知らないけれども油っこい炒め物が多かった。欲張って満腹になるまで食べた。酒を飲まなくなったので酒は飲まなかった。だが、周りが飲むビールが大変おいしそうに見えた。
店長も店員も客もほぼ中国人。店は流行っていた。やたらと高い喫煙率。中国のパワーを感じた。昇り龍の中国らしく店長は希望と未来にあふれた本物の笑顔をしていた。日本にも20年くらい前までは希望と未来と笑顔と喫煙者が存在したらしいが…。
喉がおかしい。風邪をひいたかもしれない。


Sunday Morning
Sunday Morning
日曜朝。まだ喉がおかしい。風邪をひいたかもしれない。少しピアノを弾きPowerBreatheをシュポシュポしながらカーフレイズ。TVはシニア向けのSunday Morningを。
原発再稼働に関して、シニアコメンテーターが政治家に文句を垂れていた。姿勢が、とか、説明が、とか、国民目線の感覚として、とか、納得が、とか、怠慢、とか、その類の文句。
原発を動かしたら直ちに文句が出るし、動かさなければ工場が止まって給料が減ってかっぱらいが増えて首つり紐が良く売れるから文句が出る。再稼働しなくても燃料棒がそこにあることそのものも危険で最終処理をしないと始まらないのだから最終処分場を決めなければならないのだけれども、この国では文句を垂れることがカッコいいヒーローで、決断というものがヒトラーであるから、意思決定というものが存在できない。決められないのだからそこにある燃料棒は移動できない。再稼働したって、しなくたって地震でプールが割れれば移動できなかった棒が大変ホカホカに暖まってセシウムの雨。雨が降ったら、怠慢だ、国民目線だ、責任感が、リーダーシップが、と政治家をサンドバッグにすればよい。サンドバッグを叩けば3分くらい気が晴れる。シニアコメンテーターも今日は気持ちよさそうな顔をしていた。もうこの国はPoint of No Returnを超えた感があるので、求められるのは決定ではなくサンドバッグであろう。もう泥船を岸に付けることができなくなった。船は沈む。沈むまでの憂さ晴らしに誰かを殴るほかない。
ただ、無抵抗だからと電話オペレーターとか松屋の店員とか駅員をサンドバッグにするのは絶対にやめてほしい、と思う。


サンドバッグはどうでもいいとして、ミニベロ用のサドルバッグが届いたので大変うれしい。

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2 件のコメント:

  1. たまごあたま2012年6月4日 18:27

    実は原発には滅びの呪文が用意されていて、美少女が唱えてくれることになっている…のかもしれませんな。

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    1. ラピュタですか…。使用済み燃料、どうするんでしょうね…。

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