8.29.2011

北海道へ行ってまいりましたよ!

デニムにネルシャツにCasioの腕時計をすることが人格の一部であった。ある時を境に、シャツにネクタイをつけて紳士靴を履き、Casioじゃない腕時計をするようになった。まだ人格的にはデニムにCasioであっても、スーツに紳士靴の時間が長くなり、ネルシャツを着る機会は減っていった。次第にデニムの時間が少なくなり、Casioの腕時計は置時計に変わる。デニムを履く事はなくなり、スラックスとパジャマを往復するだけになる。ネルシャツにデニムのことを忘れ、人格もシャツになる。自分のデニムのサイズを忘れ、シャツのサイズを覚えるようになる。37-82...シングルノット…ダブルノット…プレーンノット…。



FREDERIQUE CONSTANT
FREDERIQUE CONSTANT
布団と職場を、腐らない死体みたいにして往復し続け何年か経つと、男に許されたアクセサリーは靴と時計だ、という説が本当に思えてきた。遊びを知らない腐らない死体は、その説に従うだけの多少の余裕があった。Patek PhilippeだのJaeger-LeCoultreだのといった時計を買うような立派な人間ではなく、またそれほどの余裕はなかったから、なんとかというメーカーの四角い機械式時計を買った。そしてその時計でさえも、着けるほどに立派な人間ではなかろうと、3万円か4万円の同じく機械式のSeiko Automaticを買って、それを常用した。そうして布団の死体と職場の死体を演じ続けていると、引き出しにしまった四角い時計が何というメーカーだったか、ということも思い出せなくなった。引き出しを開け、それがFrederique Constantであると知った。



ロード
Road
死体はなかなか腐らなかった。アルコール、ニコチン、タールで滅菌されていたからだろうか。ある時、死体はそれらの薬物を止めた。殺菌薬物を止めても死体は腐らなかった。それどころか、健康的な死体になった。布団と職場を往復する顔色の良い死体になった。
健康的な死体はBD-1を買って乗り回した。その2ヵ月後にロードを買って乗り回した。パジャマとスーツの合間にローディコスプレをするようになった。休みの日にローディコスプレをして自転車に乗ると、自分は死体じゃなく、生きた人間であると錯覚するようになった。白石峠に上り疲れ果てると、死体でなく生きた人間であるのではないかと疑うまでになった。スーツを着ているときにも白石峠の事を考え、30分以内で上るべきと目標を定めるようになった。そうして29分で白石峠を上った時、私は、生きた人間でいることが許されるような気がした。



ロードを買ってから3ヵ月ほど経った頃、うすぼんやりとトライアスロンのことが気になった。私は膝に不安を感じていたためRunは全然出来ないと思い込んでいた。だが、走れなければ走れないでその時に死体に戻ればいい、と思い、たくさん歩き、ほんの少し走った。同時に、ジムで泳ぎ始めた。いつかはロングを、と無限遠を目標にして泳いで回して走った。目標を定めて動いているときは、生きた人間である気がした。



トライアスロンを考える時、フルマラソンがボトルネックだった。フルマラソンをクリアしなければトライアスロン云々が出来ない。私は、2011年8月28日の北海道のマラソン大会をボトルネック解消の大会と定めて職場と布団と川沿いの道路で過ごした。完走だけでなくSub4とターゲットとした。体調に問題がなければ、Sub4達成に自信を持てる程度には準備が進んだ。8月の上旬に風邪を引き、風邪が治ったら足裏が痛くなった。安静を心がけても足裏は治らなかった。お盆がひっくり返り水がこぼれた。Sub4はもちろん、完走も諦めた。あるいはスタートも…。



北海道へは27日土曜日の飛行機に乗ることになっていた。トライアスロンへのボトルネック解消と同じく、飛行機に乗ることも北海道行きの大きな楽しみだった。飛行機の機体を眺め、そこに乗り込み、空を飛ぶ。はしゃぐ予定だった。
マラソン参加は無理だろう。では北海道行き自体を取りやめるか?走らないにしても北海道には行くか?心のどこかで「ピタリと足が治って走れるかも」というような願望が消えなかった。飛行機には乗りたいが、走れないのに北海道に行くとどんな気分になるだろう?北海道行きをキャンセルして出勤したらば、それは耐えられることだろうか?その週の半ばになってもどうするか決まらなかった。飛行機に乗っても、札幌電波塔に上っても、ジンギスカンを食べても、出勤をしても、どの道、砂をかむことになるだろう。走れないということは、そういうことだった。

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2011/8/27

土曜日。出発の日。北海道に行くことにした。出勤して埼玉南部でネチョネチョとすねているより飛行機に乗って外を眺めればいくらか気分も晴れるだろう。相変わらず足裏の具合はよくないのだけれど、日常生活程度、軽い観光程度に支障が出ることはないだろう。
  1. 北海道に行かず出勤
  2. 北海道に行くが走らない
  3. 北海道に行き足裏の悪化を覚悟して走る
2か3を選ぶことにした。走るかどうかは分からないがそれほど荷物にならないので走るための装備は持っていく。大会当日にどうするか決めればいい。カメラは28mm単焦点GRDIIIを。
Ricoh GR Digital III
Ricoh GR Digital III
後にGRDIIIは調子が悪くなった。レンズキャップをしているみたいに真っ暗な画が撮れたりした。電源を入れ直したりすると正常に作動したり、しなかったり。


出発
さいたま民は電車に乗って、大東京羽田空港へ向かう。
浜松町 乗り換え
浜松町でモノレールに。ぼくちゃんは大変田舎ものなので浜松町と有楽町の区別がつかない。間違えて有楽町で降りてしまうと知らない街で泣き崩れる事になる。その辺りに十分に気をつけ、乗り換え。

羽田空港
羽田空港着。広い。ぼくちゃん大変キョロキョロ。
羽田空港 飛行機
屋上展望台で飛行機見物。今回の遠征で大きな意義をもつ飛行機。これが空を飛ぶのか…。ひっきりなしに離着陸が行われている。山手線より忙しい。
遅れるといけないからと早目に来た。喫茶店でモーニングセット。しばらく時間をつぶして搭乗手続き。飛行機に不慣れであること、田舎ものであることをひた隠して座席まですました顔で…。
滑走路までの長い移動の後、空に向かって急加速。
雲の上
空を飛び…うひょ!ぼくちゃん雲の上ですよ!
文明が維持されている内は当たり前かもしれない光景。人はこの文明をあとどの位維持できるのだろう?
青森 下北半島
下北半島 いつの日か恐山に行ってみたい
しばらくは雲ばかりだったが、東北地方はやや陸地が見えてきて下北半島を認識できた。90分もせず北海道が見えてきた。



新千歳空港
新千歳空港着。想像していたよりもずっと大きな空港。
ジンギスカン
空腹。新千歳空港で昼食。ジンギスカン。羊肉。うまい。
電車で札幌へ移動。さすがは北海道、道民がたくさん乗っていて、電車内がジンギスカン臭で充満しているぞ、と思っていたら、ニオイの源はぼくちゃんのシャツであった…。


札幌着。マラソン用の余裕のない日程であるから観光は札幌駅周辺を。
旧北海道庁舎
旧北海道庁。レンガ。
札幌時計台
札幌市時計台。長崎ちゃんぽんリンガーハット札幌店ではない。マーライオンと同様に知名度の割には観光満足度が低いとされる。
テレビ塔
テレビ塔。
札幌
大通公園。ここがマラソンゴール地点。札幌
テレビ塔に上った。エレベーターのお姉さんが札幌190万都市は日本で何番目である、ということをしゃべった。思っていたよりもずっと都会だった。大都会であった。

何とかというホテルでマラソン受け付けを済ませ、すすきのを散歩。普通の繁華街の様に見えたが、やや西に行くと歓楽街があった。

すすきの 交差点
すすきの交差点。この交差点のほんの少し南の回る寿司店で夕食。奥行き30センチほどの回るカウンター席。首を左にひねると3メートル先にある「優良店案内所」の肌色基調のパネルが丸見えであった…。ケチらず回らない寿司店に行くべきだったかもしれない。

世界陸上 東横イン
東横イン
足裏を大事にせず、歩きすぎた。すすきの交差点近くのホテルの部屋で後悔した。世界陸上をみながらアイシングをした。後悔する、という事はまだ走るのを諦めていないことでもあり…。
Sub4や完走といった目標とは別に、裏設定として完走できたら調子の悪いGRDIIIは諦めて、Canon S95とApertureを買うんだ、と心に決めてベッドに入り、目を閉じて眠くなるのを待った。すすきののざわめき、時計の秒針、冷蔵庫の冷媒…………………

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2011/8/28


朝。晴れ。足裏は良くない。アイシングが効いたのか、どうしようもなく悪いわけでもない。
風呂。東横インのベージュの排水口に貴重な髪の毛が流れていった。生え変わりの抜け毛だろうか、不可逆的な抜け毛だろうか…。
ロビーで朝食。おにぎり、パン、梅とみそによる塩分、紅茶。
マラソンは12時。まだ時間がある。部屋に戻りTVを見る。日曜朝。サンデーモーニング。張本勲のシニアギャグ。


中島公園 晴れ
スタート地点 中島公園
一応会場まで行って、足の具合をみながら出場するか考える事にした。直前まで悩んだ。
完走はできないだろう、足を引きずってさいたまに帰ることになるだろう、無理をしたツケをさいたまで払う生活になるだろう、リタイア地点によっては飛行機に乗り遅れることになるだろう。それでもなお、走ることによって、近未来の-おそらく今よりも人間的希望的可能性の少ない-腐らない死体は、2011年の8月の事を、生きた人間であった瞬間の記憶として思い出すことが出来るのではないか?果てに寂寥があるとしても自己憐憫とナルシシズムの道を進むためには、走るほかないのではないか?

走ることにした。準備をしてスタート地点へ。1万人規模の大会。移動や待ち時間が長いが、大規模大会の雰囲気が特別なのでそれも気にならず。走り出してしまえば多少痛いとかそういうものも気にならないだろう。後は野となれ山となれ作戦。
気温は30度弱。湿度は低め。日陰だと涼しく、日なただと暑い。関東の高湿度30度超などに比べると楽。

スタート。
5kmくらいまでは混雑でスローペース。いくらかばらけてきた頃に足裏じゃなく-結局足裏は最後までもった-左の膝の辺りに痛み。足裏をかばうような動きが悪かったのだろうか?
キロ5:35程度でSub4ペースを目指す。左膝の近くが痛いが、どうにかそのペースは維持できる。15kmくらいまでは問題は無くペースを落とす意識が要ったが、20kmくらいになるとペースを維持する事が出来なくなってきた。膝近くの痛み、というのもあるけれども足の持久力切れ。心肺も補給も問題はないのだが。
これまでにAve5:15程度の30km走でいくらか余力あり、というのを何度かこなせる位にトレーニングが進んだ時もあったが、あちらが痛いこちらが痛いで、もう1月ほど走れていない。明らかにトレーニング不足。20kmの時点で5:40も維持できなくなった。25km位で疲れというより苦痛になった。Sub4への貯金はなくなった。トレーニングが出来ている頃であればこの距離、ペースなら比較的楽な部類であるはずだが、現実には経験した事が無い苦痛。足の持久力が戻る気配は皆無だった。ずっと上り坂のような気がした。そして30km手前で歩いてしまった。
歩くと歩き癖が付く、歩くとよけいにきつくなる、という話は知っていたので歩いてはいけないと思っていたが、あっさりと。私はメンタルが弱かったのかとがっくり来た。
その後は走ったり歩いたりでキロ6超。歩いたり歩いたりでもっとタイムが悪くなった。ここでリタイアを覚悟した。よく言う35kmの壁が25kmでやってきたような感じ。
次第に歩いているだけでも足がもたなくなり、歩いたり止まったり。止まったり歩いたり。さらに止まったり座り込んだり。座り込んだりくたばったり。座るのも立つのも苦痛。これは気合いとかメンタルとか根性ではどうにもならない苦痛。メンタルの弱さも無いとは言わないが主にはトレ不足の持久力切れだろう。
中央分離帯に腰をかけていると、向こう側の往路に足切り自動車がやってきて、遅れたランナーにリタイアを促していた。ゴールは5時間が制限。私もおそらくは収容バスに乗ってゴールに帰る事になる、と思った。
中央分離帯に座ってぐったりとしていると、ボランティアのお兄さんが寄ってきて塩飴と水をくれた。熱中症に見えたようだ。ここで収容バスを待つか、もう少し先に進むか。
歩いてもう少し先に進む。ぐったりと歩いているだけでハムやらふくらはぎやら関節がちぎれるような苦痛。走る動作を少しすると、足がバラバラになりそうだったので走るのはやめた。止まっているのが何となく恥ずかしい、という理由で歩いていた。
Sub4も完走もできない。トレ不足。当然の結果。フルマラソンの厳しさを舐めていた。何とかなるだろうと考えるのではなく、トレーニングが出来ていないのだから走れない、と考えるべきだった。心肺は脚力を肩代わりしてくれない。あとは後ろから来るだろう足切り自動車にゼッケンナンバーを呼ばれるのを待とう…。Sub4はおろか、完走も、歩く事もままならず、トライアスロンへのボトルネック解消どころか、ボトルネックが閉じてゆくのを感じた。失望した。今思えば、準備が出来ていないのだから失望する資格はないのだが、この時は失望した。完走できないだろう、と思ってはいたが、実際に完走できない、という状況になると、それらは別のものだと知った。苦痛は永遠のように感じられた…。

人は年をとるほどに可能性が少なくなってゆく。髪の毛のように。人生から髪の毛という希望を刈り取ると現実が残される。Sub4やら完走という夢物語を刈り取ると、中央分離帯でくたばる現実が残される。私はこの先生きのこっても、愛する者の「おかえり」という声を聞く事はないだろう、我が子がミルクを欲しがる泣き声を聞く事はないだろう、フィニッシュラインで"You're IRONMAN!!"という声を聞く事はないのだろう。

しばらく歩いているうちに、歩く程度ならどうにか、というくらいには回復した。ゴールまでは、まだ10km以上あった。完走したらCanon S95とApertureを、という裏目標を思い出した。もはや走っていないのだから"完走"とは呼べないかもしれないし、残り10km以上ある。だが、歩いたとしても、制限時間内にゴール地点まで行けば完走というカテゴリーに組み入れてもいいのではないか?
永遠に感じられた苦痛だったが、実際にはそれほど時間を浪費しておらず、まだSub4ラインから10分15分ビハインドくらいだっただろうか。残距離と制限時間を計算するとキロ9分で歩けば足切りラインを免れる…。いや、もう歩いてしまった。座ってしまった。くたばってしまった。ゴールを目指すことに意味はあるのだろうか?

ピピッ、というS95のオートフォーカス合焦音が聞こえた。ヤマダ電機でいじった時に聞いた音…。

カメラというものは、花鳥風月、友人知人、旅の記録、flickrでの褒め殺し交換というメインストリームだけに使用されるものではない。被写体は何でもよく、目の前にあるDellモニタでもキーボードにでも、カメラを向け、フォーカスを合わせ、構図を考え、露出を決め、シャッターを切り、現像し、その画像を直ちに消去する。この一連の作業をしている時間だけ、現実から目をそらすことが出来る。生きることとはこの繰り返しだ。

耳の奥で、ピピッ、というAF合焦音がやはり聞こえる…。歩こう。まだ歩ける。ゴールまで歩こう…。
キロ9分弱で歩くというのは楽でないが、もはや走ることは出来ないのだから、ゴール地点に自力で行くには歩くほかない。歩く事も出来なくなればその時、リタイア者収容バスに乗ればよい。

残り10km

「おかえり」という声も"You're IRONMAN!!"という声も、聞く事が出来ないだろう。だがAF合焦音の可能性は残されている…

ピピッ…

残り9km

エイドでスポンジ、水、塩飴、スポーツドリンク、全部摂る。

ピピッ...

残り8km

ゴールにたどりつけば、S95をいじっていくらかなりとも現実から目を背けることが出来よう…

ピピッ...

残り7km

AF合焦音を頼りに、歩いていく…。疲れた。キロ9分で間に合う。それ以上にペースを上げるとまたくたばることになる…

ピピッ...

残り6km

AF合焦音だけが、人生の支え、この世の希望…

ピピッ...

残り5km

AF合焦音のする方へ…もう被写体なんて贅沢なものはいらない。AF合焦音だけあればいい…

ピピッ...ピピッ...

まだ、キロ9分を維持できる…

残り4km

ピピッ...ピピッ...ピピッ...

北海道大学構内。よい景色だ、というような認識は、苦痛でもつことが出来ない。

残り3km

ピピッ...ピピッ...ピピッ...

痛い。

残り2km

ピピッ...ピピッ...ピピッ...ピピッ...

札幌市街。旧北海道庁舎。心の中のS95で撮影した。

残り1km

最後の打ち切り関門を通過した。もう大丈夫…

ピピッ...ピピッ...ピピッ...ピピッ...ピピッ...ピピッ...

ゴール。

Garminだと4:46、グロスだと4:50だった。
北海道マラソン2011 フィニッシャーメダル
完走メダル。
4:46
(Garminの距離表示が42.08となっているが、トンネルの1km弱が含まれていない。もしトンネルがなければ43km弱の表示になっていただろう。GPSの誤差なのか、蛇行なのか)


飛行機の時間が迫っていた。スケジュールをSub4前提で組んでおり休む余裕はない。預かり所から荷物を受け取り札幌駅へ。ゴールした安堵からか、足が動かない。足が痛い。札幌駅への路上に座り5分だけ休むことにした。長くは休めない。足を引きずってゆっくり歩く事も厳しい。足裏が心配だったが、終わってみれば足裏も多少あるけれども、もも、ふくらはぎ、膝、足首と、ももから下全部にダメージ。これほどのダメージは経験がない。大通公園から札幌駅までがひどく遠く感じられた。
足が動かないことを差し引いてもどうにか飛行機に間に合いそうな電車に乗れた。リタイアバスに乗っていたらまず間に合わなかっただろう。
札幌駅から新千歳空港へ
さよなら札幌。電車で新千歳空港へ。
飛行機
さよなら北海道。さいたまへ。


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7 件のコメント:

  1. お疲れっす。
    満身創痍といった感じですな…。
    とりあえず次はミドルですね!

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  2. まずは完走おめでとうございます。

    いつも楽しく拝見しています
    ゆうさんの文体がとても好きです
    リズムがあってとても引き込まれます。

    それに写真も。次期コンデジ候補がGRDⅢからPS S95にシフトしそうな・・・。

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  3. マユゲマン2011年8月30日 8:29

    いやいや完走おめでとう、決して本意ではないだろうけど、ゆうさんならば次はきっと素晴らしいタイムが出せますよ。
    特に最後まで歩けた事は僕の宮古と同じで、何か自分を突き動かすものがあるのですよ。
    お疲れ様、足が悪くなってなければいいね!!

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  4. 完走おめでとうございます。無事で何よりです。
    Sub4は残念でしたけど、歩いて4:46とは凄い。
    S95の物欲恐るべしですね(笑いました。)
    函館ですが、北海道はゆかりの地ですので、来年は北海道マラソンに出場させていただきたいと思いました。
    来年リベンジしましょう。(^^)/

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  5. Yuanyingさん、こんにちは。
    疲れましたよ(笑)無理をしちゃいけないと改めて思いました。佐渡頑張ってください。
    シーズンオフになったらどこかロングライド行きましょう。
    ==================
    ハルさん、こんにちは。
    どうもありがとうございます。
    GRDIIIもいいんですがS95も良さそうなんですよね。光学的には単焦点でGRDの方がいいんでしょうけど、総合的にはS95かな、と思います。
    ==================
    マユゲマンさん、こんにちは。
    あれはなんでしょうね、いったんはダメだと思ったんですが、なんだか歩いて行きました。しばらく休養してダメージを摂ります。
    ==================
    Jさん、こんにちは。
    きちんと準備をして来年北海道を走ってリベンジしたいです。
    いったん止まってSub4が無理と分かってからはS95だけが支えでした…(笑)

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  6. たまごあたま2011年8月30日 15:42

    21世紀のメロス、感動した!

    「遠くへ。もっと遠くへ。」
    生きている限り終わらない旅…
    お疲れ様でした。

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  7. たまごあたまさん、こんにちは。

    終わった時は疲れてしまってもういいや、って感じでしたが、不思議な事に次のことを考えるものですね。

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