8.24.2016

基礎が大切?(ソルフェージュ)


ピアノ練の不調の原因、すなわち、どうして私は音楽がさっぱりわからないのか、楽譜と音が有機的にリンクしないのか、音楽にならずに「指の体操」なのか、というところを探っていたところ、いつの間にか横道にそれて人生の不調を掘り当ててしまい、右往左往しながらLangkawi DNS以降を過ごしてきた気がする。人生の不調を自らの心の中で強調するにしたがって「そもそも電子ピアノは楽器じゃない、本物の楽器を持てない環境が悪い、ベーゼンドルファーがないのが悪い、社会が悪い、政治が悪い、国が悪い、ポルシェで気分転換できないのが悪い」などと機材に文句を垂れたり、国に責任転嫁して現世を恨む始末であった。

しかしながら、自転車で考えたとき、頑張ってもAve.22km/hでしか走れない人が「Cervélo P5を持ってないから速くならないんだ」と言い出したり、果ては「自宅に風洞実験トンネルがないから速くならないんだ」と言っているようなものではないか、自宅に風洞トンネルを欲しがる前にもっとやれることが残っているのではないか、と思うようになった。

My防音室にMyベーゼンドルファーがないから音楽が理解できないのじゃなくて「音楽の基礎が存在しないから音楽がわからない」というシンプルな現状を把握した。同時に音楽の基礎をつけるには、基礎をつける作業をするほかない、というシンプルだが「通りたくない道」も見えた。音楽の基礎をつけるには、基礎をつける作業だけが必要で、ベーゼンドルファーやポルシェは無関係だ、と思えるようになった。ピアノは単独で使える和音楽器で便利な手段ではあるが目的ではない、目的は「音楽」であって「ピアノそのもの」ではない、と考えるようになった。


というわけで、ケチ生活中ではあるが、音楽の基礎となるだろう本を2冊買った。久しぶりの買い物だった。
  1. 子供のためのソルフェージュ (1a)
  2. きらきらピアノ こどものピアノ名曲集1


1冊目はソルフェージュ本。ソルフェージュは楽器以前の、音楽の一番の基礎となるものでギターを弾く人も歌を歌う人もピアノを弾く人もマリンバを弾く人も全員がここからスタートするものである、と今更ながらに知ったので、まずはそこから。単純な楽譜を歌ったり、目視して脳内で音を鳴らしたり、音を聞いて脳内で楽譜を描いたり、脳内楽譜を歌ったりして、音と楽譜と音程(ドとミはドとレに比べてどのくらい離れているか等)とリズムを脳に叩き込むための本で、初歩の初歩である1巻というか1a巻。大変に古くからある本で、今の老人が「ギブミーチョコレート!!」などと叫んで進駐軍のジープを追っかけていたころから存在している名著。解説や文字はほとんどなく、ひたすら音列が並んでいて学習ドリル風。ソルフェージュから離れて数十年という人が、ふとした瞬間に口に出てくるのが大昔にやったソルフェージュの音列だったりするようで、チラッと通読するのじゃなくて体に染みつかせるまで反復練習をするのが正しい使い方である様子。
ソルフェージュの最終形は楽譜を見ると脳内でスラスラと音楽が鳴る状態であろうか?最終段階まで読譜力が仕上がった人は平均律を初見でさらっと弾いてしまう、という説を2ちゃんねるで見た。本当かどうかは知らない。

2冊目はこども向けピアノ曲集。「いい年こいたおじさんが、がきんちょ向けなんてやってられるかよwww」と書店では無視する書棚にあるタイプの本である。しかし、人様のブログを見ていたら大人向けピアノ教室でも一番最初にこれをやらされる、と書いてあったのでぼくちゃんもマネをして。
この本で指の体操力を磨くのではなく、楽譜と音と楽器の脳内リンクを強化するための、楽譜を見て脳で音が鳴るようにしていくための素材、という位置づけ。ダンス暗譜で音楽を覚えてから楽譜を読むのじゃなくて、まずは可能な限り楽譜だけを読んで脳内で音楽を形作ってから実際に鍵盤で楽譜を再現・答え合わせをしていく、という手順でやりたい。
こども向けの一番やさしいものであるが、現状では楽譜を見ても脳内で音が再生されない。単メロディはぼんやりと脳内再生されるが、副メロディ・和音になると壊滅である。基礎が全く欠けている証拠である。


どちらの本も算数で言えば足し算や九九といったものであろう。「いい年こいたおじさんが、がきんちょみたいなことやってられるかよwww」と言いたくなる基礎的な部類であるが、基礎がないのだからここから始めるのが本来である。音楽は儒教ではないのだから、いい年こくだけで偉くなるわけではない。基礎がないものは基礎がない、ゼロはゼロ、無能は無能、教室に通って半ヵ月の鼻を垂らしたがきんちょ以下、いや、老いてるだけハンディキャップ、と認めねばならない。足し算や九九が体に染みついているのといないのでは雲泥の差があるのと同じであろう。基礎をやらねば基礎はつかない。ベーゼンドルファーを買っても基礎はつかない。Invention & Sinfoniaを弾いても基礎はつかない。

本は楽器店で買った。うさぎ夫妻が描かれたほのぼのとした表紙の本であった。年齢的に、こどものために買いに来たお父さんと思われたことは必至であるが、いい年こいたおじさんがおじさんのために買ったものであって、つらい…。




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8.16.2016

ソルフェージュはじめ


謎の体調不良が回復せず、トライアスロンから遠ざかってしまい、直ちにはこの世から去りたくない理由の大きな大きな一つが潰えてしまった、と感じながらも、もう一つの大きな理由であるところのピアノ練に支えられてきましたが、それもここにきて不調です。
ピアノ練というかバッハを弾いて人生を過ごしたいと願いながら20年たちました。なかなか軌道に乗らずに20年たち、この1年くらいでようやく軌道に乗り始めたと思ったのですが…現在は、不調です。
昨年来から1日に2時間の練習をしていました。しかしながら、いろいろな理由で―以前に書いたように、飲まず食わずで給料を貯金したとしても、風光明美なところに防音室住宅を建てて暮らす…という生活が、数字の上で否定されたこと、もはや夢も希望もないじゃないか!夢も希望も時間もなく布団と会社を往復してクレーマーにサンドバッグにされる生活がこれからも続くのか!と失望したこと、理論暗譜の道が全く進まず、ダンス暗譜一辺倒なこと、音楽ではなく指の体操に過ぎず音楽的理解が皆無なことのむなしさなど―不調に陥って練習時間は7割減となりました…。
不調に陥る過程で、下記の通り譜読み終了曲は増えました。曲は増えましたが練習量が減ったので1曲あたりの練習時間が希釈されて全体のクオリティは下がりました。そもそも素養がないから、楽譜と音楽と鍵盤の有機的なつながりもなく、指の体操にすぎなかっただけに練習時間が減れば当然、ヨタヨタしていくばかりです。

紆余曲折の末の、万感こみ上げる、あの、フィニッシュラインまでのラスト100メートルのような、美しきゴルトベルク第30変奏から締めの天上的アリアへつながりが自分で弾けるようになったことの喜びというものがあってしかるべきでしたが、音楽的素養が皆無なため台無しです。
そうして不調になりました。音楽的素養を付けるために「理論暗譜」や「和声学」に手を出しては収穫なく沈没してきました。この先の人生のためには、どちらかと言えば指の練習よりも音楽的素養を付けることのほうが重要なので「ソルフェージュ」に手を出してみました。ソルフェージュは先生に教えてもらうのが良いとは思うのですが、時間的制約から独学にならざるを得ず、また、経済的制約から書籍などを買えず、とりあえず洗足音大のオンライン講座(とても充実しています)で初歩の初歩をしています。同じく洗足音大の譜読大王もとても有用です。加えてAndroidアプリの楽典ウォーズ3Dまであります。これらを無料で提供している洗足音大は"ネ申"です。足を向けて寝ることはできません…。
ソルフェージュは現在のところクイズのようで楽しくできています。再生されるメロディを譜面に書いてみて当たった外れたと一喜一憂—初歩の初歩でも正解することは稀です—するだけでなく、音名(ど~み~そ~♪)で実際に歌うなど、音と、鍵盤と、楽譜と、音名と、音程の脳内結びつきを強めるよう心がけています。
すると、例えばハ長調の単旋律であればメロディ終結は不思議な引力でメロディラインが「ド」に吸い寄せられるような、「ド」に吸い寄せられるにしたがって終結感が生まれる、という「暗黙の了解」が体感でわかるようになってきました。
と局所的部分的な向上はあったとはいえ、ドとソの5度の関係がトニカとドミナントで本妻と愛人の関係だとされる、という、この最も基本的な感覚すら今なおさっぱりわからないのです。
かつて「君のような非モテ・非コミュにはわからぬことかもしれぬがね……あまり大きな声でいうものではないがね、君、確かに私には家庭の外にも(女は)いる。しかしね、やっぱり本妻が一番なのだよ、最後は本妻に戻っていくものなんだよ。」と、ある人が焼貝を食べながら言っていました。音楽のことも、人と人の関係のことも、分かる人には説明する必要もなく自明なことでしょうが、私のような埒外な人間にはアラビア語のように難しいものです。が、ソルフェージュを続けていけば、いつかは…きっと…そのような…音と音の関係性の理解に…通じていくのだろう…と願って今日もソルフェージュをしています…。

人様のブログなどを見ると、ソルフェージュは長期の継続を要求するようです。スクリャービンやプロコフィエフを弾いてしまうような人—クラシックピアノ演奏というカテゴリで はソルフェージュというか和声というかコード進行というか、その方面の能力が演奏能力に比べて著しく欠けている人がいる、というか、クラシックピアノ演奏には必須スキルでない、クラシックピアノ演奏は楽器全体で見れば異端な部類だ、という説もあります。ジャズやら各種合奏(バンド)では必須かつ主要スキルとされます—が「ソルフェージュが全然できないから、先生についてゼロから習い始めて2年。少し上達を感じるようになりました」と書いていました…。ちなみにその人は音大出身で、その人がいう「ゼロ」を文字通りのゼロと解釈してはいけません。マラソンSub3達成者が「全然走れないからゼロから見直す」と言い出して2年間の基礎練をして「ようやく走れるようになってきた。」と言っているようなものですから。



現状
  1. Invention No.1
  2. Invention No.2
  3. Invention No.11
  4. Sinfonia No.4
  5. Sinfonia No.11
  6. ゴルトベルク アリア
  7. 平均律I No.1 Prelude
  8. 平均律I No.1 Fuga
  9. Sinfonia No.2
  10. Sinfonia No.1
  11. ゴルトベルク 30
  12. Sinfonia No.3←譜読み中…






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